自ら“地獄”に向かった脱北者(後編)母親救出のため北朝鮮へ…逃走、潜伏、逮捕の末、刑務所前で親子再会
2016年10月に韓国へ到着したキム・ガンウは、身上調査や脱北者向けの再教育を経て、2017年2月にソウルで一人暮らしを始めた。
その直後、中国での潜伏期に支援を受けたキリスト教団体の宣教師から「ニュージーランドで英語を学び、大学に進学して北朝鮮の人権状況を世界に訴えてほしい」という思いがけない提案を受けた。勉強熱心なところを見込まれたのだった。2018年、ガンウは希望を胸にニュージーランドへ渡った。
自ら“地獄”に向かった脱北者(前編)北朝鮮は「シカさえ逃げ出す国」、中国大陸を横断しラオスからタイ、そして韓国へ
しかし、現地の穏やかな日常の中で絶えず心に浮かんだのは、故郷に残してきた母親のことだった。ここで大学を卒業するまでには最低5年かかる。その間、母親の生活費は枯渇してしまうのではないか。
「成功してから親孝行しようとしても、その時、親は待ってくれない」
ガンウは周囲の引き留めを振り切り、留学を途中で切り上げ、韓国へ帰国した。
夜の鴨緑江を渡り、自力で救出作戦を敢行
韓国に戻ったガンウは、ベッド工場や過酷な建設現場で昼夜を問わず働いた。母親の脱北を助けてくれるブローカー(協力者)に支払う費用を蓄えるためだった。
携帯電話ショップで働いた時には、複雑な料金体系や携帯端末の特徴を半日で覚え、店長を驚かせた。北朝鮮にいるときには、金ファミリーの歴史を繰り返したたき込まれた。こうした経験から暗記には自信があった。あっという間に「セールス王」になり、副店長に抜てきされた。
2019年5月、ガンウは携帯ショップに1カ月の休みを申請し、北朝鮮に接する中国・延吉へと飛んだ。
母親を中国側に連れ出すためだった。しかし、ブローカーの不手際や、北朝鮮にいる母親の恐怖心から脱北計画は難航。母親とも連絡がつかなくなった。
ガンウは、自ら北朝鮮へ行くことを決心する。
韓国国籍を取得した身で北朝鮮に入れば、法的な問題が生じる可能性がある。逆に北朝鮮当局に拘束されれば、厳しい尋問や処罰を受ける危険もあった。
それでもガンウは5月20日夜、漆黒の鴨緑江を渡り、3年ぶりに故郷・恵山市への「入北」を果たした。
保衛部の急襲と母の叫び声「あいつはうちの息子ではない!」
北朝鮮側の川べりに上がった直後、AK-47小銃を持った国境警備兵と遭遇し、格闘となった。隙を突いて石で相手の頭を殴り、気絶させて難を逃れた。
実家にたどり着き、母親と再会を果たした。3年ぶりのことだった。
ところが、彼の動向は瞬く間に当局に把握された。母親がガンウの携帯電話を使って韓国の知人にかけた電話が、北朝鮮当局の電波探知網に捕捉されてしまったのだ。
危険を察知したガンウが家を離れた直後、保衛機関の要員らが自宅を急襲した。
近くの暗闇から自宅をのぞくと、保衛員らから暴行を受ける母親の姿があった。母親は「あいつはうちの息子ではない! 軍隊から逃げてきた哀れな脱営兵だ! ガンウは韓国へ行ったきり戻っていない!」と叫び続けた。
ソウルで待ち受けていた試練…10カ月半の収監
指名手配され、国境も封鎖される中、ガンウは山中の小屋や知人の家を転々とした。
用意していた太陽電池で携帯電話を充電し、外部と連絡を取り合った。そして北朝鮮に入ってから24日目となる6月12日夜、鴨緑江の激流に飛び込んだ。奇跡的に中国側へたどり着き、韓国へ戻った。
帰国直後、今度はソウルの自宅に捜査員が踏み込み、国家保安法違反の容疑で家宅捜索を受けることになった。知人が、ガンウの北朝鮮への渡航を通報したためだった。
ガンウは捜査員に対し北朝鮮に行ったことを認め、「母を脱北させるための3カ月の時間をください。その後ならどんな罰でも受けます」と率直に訴えた。この願いが通じ、在宅で捜査を受けることになった。
ところが、また災難が降りかかる。
母親の脱北費用に困っていたガンウは、詐欺グループにだまされ、被害者から現金を受け取る「受け子」をさせられたところを、警察に現行犯逮捕されたのだ。
10カ月半にわたり刑務所に収監されたものの、初犯なうえ強く反省していることや、母親の救出資金に困っていた事情などが考慮され、執行猶予判決を受けて社会に復帰した。
その間、ガンウが手配したブローカーによって、母親と義父は北朝鮮を脱出して韓国に到着。親子は刑務所の前で、ついに再会を果たした。
借金返済し、将来の夢は米国留学
出所後、ガンウはシステムエアコンの設置会社へ就職した。週6日、汗とほこりにまみれて仕事をこなし、ブローカーへの借金や滞納していた家賃を返済していった。
生活が落ち着くと、胸の奥に秘めていた「学びへの渇望」が芽生えた。たまたま自分の波乱に満ちた歩みをYouTube番組で語ったところ、「うそのような奇跡」(ガンウ)が起きた。
番組を見た人たちから激励のメッセージが続々と届き、支援金が送られてきた。ある事業家は学費と生活費を全額支援すると申し出てくれた。
また、韓国を代表する民間人権団体である北朝鮮人権市民連合(NKHR)の協力も受け、2023年3月、ガンウはソウルの国民大学政治外交学科に入学することができた。
筆者はソウルの喫茶店でガンウと会い、長時間話を聞いた。彼の生き方そのままの、エネルギーに満ちあふれた印象だった。
現在4年生で30歳になったガンウは、今後の計画について「米国のアイビーリーグの大学院に進学して政治学博士号を取りたい」と語った。国際社会の舞台で北朝鮮の人権状況や、北朝鮮の若者の実態を訴えるグローバルな専門家となることが目標だと言う。
「私が歩いて行く道はまだ先がある」と語るガンウ。彼にとって「地獄」での経験は、「希望」の始まりだったようだ。
文/五味洋治 内外タイムス






