• 全国
  • 9.11同時多発テロから25年 テロの脅威は今日どうなっているのか
  • HOME
  • 全国
  • 9.11同時多発テロから25年 テロの脅威は今日どうなっているのか

9.11同時多発テロから25年 テロの脅威は今日どうなっているのか

2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロから、2026年で25年となる。国際社会を震撼(しんかん)させた9.11は、テロが国家の安全保障や国際秩序そのものを揺るがすことを世界に強く印象づけた。その後、米国を中心とする対テロ戦争が進められ、国際テロの構図も大きく変化した。現在は9.11当時のような大規模で象徴性の高い攻撃への警戒が続く一方、テロの脅威はより分散化し、地域化するとともに、複雑な様相を見せている。

9.11では、国際テロ組織アルカイダが米国で同時多発攻撃を実行し、約3000人が死亡した。その後の対テロ戦争によってアルカイダの中枢は大きく弱体化した。一方、2010年代には新たな脅威としてイスラム国(IS)が台頭した。ISはシリアやイラクで広大な支配地域を形成し、事実上の国家を目指すかのような活動を展開した。しかし、その支配地域も軍事作戦によって崩壊し、現在では一つの巨大なテロ組織が世界全体の情勢を支配する状況ではなくなっている。

2026年の米中間選挙 単なる勝敗だけでなく、見るべきポイントとは

むしろ現在の大きな特徴は、テロ組織や武装勢力の分散化である。アルカイダやISは、かつてのような単一の巨大組織として活動するだけではなく、アフリカや中東、南アジアなどに展開する系列組織や地域組織を通じて活動している。さらに、緩やかなネットワークや、特定の組織に直接所属しない個人による攻撃も重要な脅威となっている。今日、テロをめぐる構図は単純な「巨大組織対国家」という関係だけで捉えられない。

地理的な変化も見逃せない。2026年版の世界テロリズム指数(GTI)によると、2025年のテロによる死者数は5582人で、前年から28%減少した。攻撃件数も22%減少しており、世界全体で見るとテロによる被害は大幅に改善しているように見える。しかし、脅威が一様に縮小したわけではない。アフリカ大陸北部に広がるサハラ砂漠南縁部のサヘル地域では依然として深刻な状況が続き、2025年には世界のテロ関連死の半数以上がこの地域に集中した。

マリ、ブルキナファソ、ニジェールなどを含むサヘルでは、政情不安や貧困、統治能力の低下、武装勢力の活動が複雑に絡み合っている。国家による統治が十分に及ばない地域では、武装勢力が活動範囲を広げ、地域社会に影響力を持つようになる。そのため、テロは単なる突発的な攻撃ではなく、地域の政治や社会情勢と結びついた長期的な問題となっている。

一方、欧米などでは別のタイプの脅威が存在する。大規模な国際テロ組織が計画した攻撃だけでなく、インターネット上の情報などを通じて個人が過激化し、単独あるいは小規模なグループで攻撃を実行するケースである。GTIによれば、西側諸国で過去5年間に発生した死者を伴うテロ攻撃の93%が単独犯によるものだった。組織の指揮命令系統を追跡するだけでは、こうした攻撃を十分に把握することは難しい。

9.11から25年を迎えた現在、テロの脅威は消滅したわけでも、9.11と同じ形で続いているわけでもない。巨大組織による大規模攻撃への警戒に加え、紛争地域で勢力を拡大する武装勢力、国境地帯を拠点とするネットワーク、インターネットを通じて過激化する個人など、脅威は多様化している。

さらに注目すべきなのは、テロ対策の「成功」が、必ずしもテロの脅威そのものの消失を意味しない点である。9.11以降、各国は情報共有や金融制裁、国境管理、監視能力を大幅に強化し、テロ組織がかつてのように大規模な攻撃を準備することは容易ではなくなった。その結果、テロ組織側も正面から国家と対峙(たいじ)するのではなく、少人数による攻撃や地域紛争への介入、犯罪収益の獲得、オンライン上での勧誘や過激化など、より発見されにくい手段へと適応している。

今後さらに重要になるのは、テロを単独の安全保障問題として捉えるのではなく、紛争、貧困、政治的混乱、犯罪、サイバー空間などとの複合的なリスクとして見る視点である。特に生成AIや暗号化された通信環境の普及は、過激思想の拡散や攻撃準備の方法を変える可能性がある。9.11から25年を経た現在、テロとの戦いはテロ組織を壊滅させるという段階から、分散化・小規模化する脅威を早期に把握し、その背景にある社会や地域の不安定化まで含めて管理する段階へ移行していると考えるべきである。

最後に、この変化は企業にとっても無関係ではない。テロリスクを国単位だけで判断するのではなく、紛争地域や国境地帯、都市部、交通・物流拠点など、具体的な地域と事業活動との関係から評価する必要がある。9.11から25年という節目は、テロとの戦いが終わったのかを問うだけではなく、テロそのものがどのように姿を変えたのかを改めて考える機会となっている。

文/和田大樹 内外タイムス

関連記事一覧