【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第1回)「五体不満足」の大ヒットでメンタル不調に スキャンダル報道後は「お前みたいな人間が言っても説得力がない」
この体は前代未聞――。自身の障害についてそう語る乙武洋匡氏。参考にすべき例がないというその体でこれまで作家、スポーツライター、小学校教員などさまざまな職業に就き、多くの人々と出会い、人生を切り開いてきた。近年はこれまでの経験を生かし、政治の世界に向けた活動を行っている。乙武氏にとっての困難とは何なのか。これまで誰も体験したことのない50年の人生について語ってもらった。
福田 この対談、編集部がエグいことを聞こうとするんですよ。でも私は興味がなくて。人生にフォーカスして、聞いていく構成で考えています。よろしくお願いします。
乙武 よろしくお願いします。
福田 まず、生い立ち編。大ベストセラーとなった「五体不満足」(講談社)でも書かれていますが、お母さまが乙武さんと初めて対面したときに「かわいい」とおっしゃった場面が有名ですね。ご両親は「障害を個性として育ててくれた」と語られています。実際、どういうご家庭だったんでしょう?
乙武 両親は悲観的に私を育てたわけではなく、ポジティブに育ててくれたことは大きかったですね。この体は“前代未聞”ですし、なかなか参考にすべき例がないという意味では、大変だったと思うんです。
両親が「なんて身体に産んでしまったんだ」「この子の行く先はどうなるんだろう」といったテンションで育てていたら、私も「俺の人生はお先真っ暗なんだな」ってなります。でも、両親は「まあ、なんとかなるでしょう」と思って育ててくれたので、僕自身も「まあ、なんとかなるだろう」って。それでここまでやってこられたのかな。
福田 やっぱりお父さん、お母さんの性格は大事ですよね。
乙武 幼少期の話で、両親は「もしかしたらこの子は一生寝たきりかも。順番で言えば自分たちが先に旅立ってしまう」と思って、「この子が残されたときに少しでも生きていけるように」と、僕の名義で通帳を作り、毎月積み立ててくれていたんですよ。
ところが僕が幼稚園に入り、車いすで周りの友だちにいばり散らしているのを見て、即、解約したそうです。それぐらい「こいつは心配いらないな」と思ったみたい。
福田 アグレッシブなお子さんだったんですね。
乙武 そうですね。
福田 心配性な人はずっと心配性だし。経営者の後輩に「福田さんみたいに“ダメ”って言われたボタン全部押す人って、どうなっているんですか?」って聞かれたことがあるんです。その後輩いわく、お母さんから「“ダメ”って言ったボタンは押すな」ってずっと言われてきて、その教えを守ってきた。だから、新しいものにチャレンジできなかったそうなんです。
僕は次男で“チャレンジ枠”だったから、何をしても怒られなかった。今でも自分の判断を妨げるものは何もないですね。だから、そういったお父さん、お母さんの明るさというものは、人格形成に大きく影響していますよね。
「五体不満足」の大ベストセラーで3年ほど後悔

乙武 そうですね。母から聞いた僕が小さい頃のエピソードなんですけれど。レゴブロックっていうおもちゃがあって。指先を使うものなので母は「うちの子にはできないだろう」と僕には買い与えていなかったんですね。
ところが、僕が友だちの家に遊びに行ったとき、初めてそのレゴというものに触れ、口や歯を使って器用に船とかをどんどん作り始めた。親はびっくりして、反省したって言うんです。勝手に「これはこの子には無理だろう」と決めつけてしまったことを。それ以来「この子は障害があるから」とか「この子にこれは無理」というような親の方でラインを引くのをやめたそうです。
福田 障害に限らず、思い込みによって社会のフレームが決まっていきますよね。僕はよく「旅をしろ」って言うんですね。「昨日の連続で、明日」と思うと不自由ですよね。社会全体にそういう不自由なルールがいっぱいあります。政治で世の中を変えたいっていう部分も、そういった体験があるからかもしれませんね。
乙武 若い人から「学生時代しておくべきことはなんですか?」って聞かれることがあって、私自身はこの体なので不可能なんですが、いつも海外への一人旅を提案しています。福田さんがおっしゃったように旅に出るとか、海外に行くっていうのは、本当に価値観が揺さぶられます。日本で当たり前なことが、まるでそうじゃないってことに気付かされます。
一人旅だと自分自身でコミュニケーションをやらざるを得ないので、より文化の違いとか、常識を壊されるところをダイレクトに味わえる。治安の問題とかもありますけど、なるべく一人旅をお勧めしているんですね。
福田 自分力を高めるためにも、人に頼れない一人旅ってことですね。それでは質問の2つ目。早稲田大学在学中に執筆した著書「五体不満足」が大ベストセラー、600万部を超えました。書いた当初、そこまで社会に届くと想像していましたか?
乙武 もちろん、こんなに多くの方々に読んでいただけるとは夢にも思っていなかったですし、正直、最初の3年ぐらいは後悔していました。
福田 アイドルと近い感想ですね。アイドルには「有名になりたかった」というのはありますが、有名になってもあんまり幸せになれないですからね。
キューバ代表のキンデランの振る舞いに感銘

乙武 私の場合は「有名になりたかった」すらなかったので、街を歩けば「写真撮ってください」「サインください」で、家の前の3カ所にずっと写真週刊誌のカメラマンが張っている。それでメンタルバランスを崩しちゃって。一年中ずっと吐き気がしましたし。病院行っても「原因が分からない」って言われるし。後悔していましたね。
福田 それはどうやって克服したんですか?
乙武 ある出会いがあったんです。当時、スポーツライターという職業でした。小さい頃から大の野球好きで、野球王国といえばキューバ。そのキューバ代表の4番で(オレステス・)キンデランって人がいたんです。日本でいう王貞治、長嶋茂雄みたいな存在なんですね。
そのキンデラン選手が、野村克也さんが監督を務めていたシダックスという社会人チームにいたんです。野村さんが私をパーティーに呼んでくださって、行ったら、キンデランがいたんですよ。憧れのキンデランが。キンデランは「今度はプロ野球の試合だけじゃなくて、我々シダックスの試合も見に来てくれ。もし見に来てくれた試合で僕がホームランを打ったら、それは君のために打ったホームランだよ」って。
福田 マンガみたいな展開ですね。
乙武 「俺、明日手術しなきゃいけないのかな」みたいになって。感激したんですが、キンデランって最初からあんな言葉が言えるような人物だったのだろうかって疑問に思えてきて。その辺の野球好きの小僧が、たまたま野球が死ぬほどうまかったことで、代表に選ばれ、四番になり、国民的英雄とあがめられるようになっていった。その過程でああいった振る舞いができるように成長していったんじゃないかと。
それまで自分は「五体不満足の乙武さん、あなたのような素晴らしい人はいない」みたいに言われると「いやいや、俺そんなんじゃないから」ってすごく露悪的に振る舞って、そこから逃げ出そうとしてばかりいて。「あんな本、出すんじゃなかった」って思っていたんです。キンデランとの出会いと彼の振る舞いを見て、「いつか自分もこうなれるように努力してもいいんじゃないのかな」って思えたんですよ。
福田 元々、そうじゃなさそうですものね。他の人が想像し得ないぐらい環境が変わった中で、たくさんの人に見られて苦しかった状況を、大スターから学んで克服できた。
乙武 そうですね。これまで「しんどかったな」って感じていたことが、でも、それによって多くの人と出会えた。特にこの3年で会ったあの人、この人のことを考えると急に感謝の気持ちが湧いてきて。今では「本を出して良かったな」と思っています。
福祉の世界に進むことに違和感を抱きスポーツライターに
福田 大学卒業後、スポーツライターの道を選ばれましたね。障害とスポーツが結びつかない時代に「いい意味で世間を裏切れると考えた」と言っています。最初のキャリアにあえてスポーツを選ばれたのは何か理由があるんですか?
乙武 「五体不満足」を出したのが、大学3年生の10月でした。大学の同期のみんながもう間もなく、就職活動を始める時期だったんです。自分もどうしようって思っていたときに、読者の方からは「福祉の道に進んでください」とか「バリアフリーの旗頭として頑張ってください」といった声が多くて。ちょっと違和感があったんですよね。
福田 その感覚、分かります。
乙武 別に福祉のことがやりたいからあの本を書いたわけではないし、福祉の勉強をしてきたわけでもない。むしろ自分のような顔と名前が一致するようになった障害者が「福祉の道に進みます」となると、「ああ、やっぱりああいった体の人は福祉の道なんだね」って。固定観念を強化することになるのではと感じたんです。
まさに福田さんがおっしゃったように、当時はパラリンピックなんて日本人のほとんどが知らなかった時代ですから。むしろ、障害と関係ないと思われている分野で一人前の活躍をしてみせる方が本当の意味でのバリアフリーになるんじゃないのかな。
福田 チャレンジングですものね。
乙武 じゃあ自分が好きな分野、興味がある分野、なんなんだろうと思ったときに、やっぱりスポーツがあったんです。「スポーツ×障害、これは面白いぞ」って、スポーツライターの道を選びました。
福田 その後、教壇に立たれるんですね。2007年から3年間、杉並区の小学校で教員をされました。今の政治活動にも結びつくと思うんですけど、どんな課題、成果がありましたか?
乙武 一番悔しかったことなんですけど、子どもにとって大事なのは、学校よりも家庭なんだなってこと。それまで何でもなかった男の子が、ある日を境に急に忘れ物が多くなったり、お友達に乱暴な言動をしたりするようになった子がいたんです。
どうしたのかなと思って話を聞いてみたら、それまでは家に帰れば「おかえり」と出迎えてくれたお母さんが、おじいちゃんが入院することになって、毎日病院に行かなければならなくなった。家に帰っても夕方から夜まで誰もいなくなった。それだけの原因で。大人から見たら「そんなこと?」と思うんですが、子どもにとってはものすごく精神のバランスが…。
福田 社会が狭いんですね、まだ。
乙武 そういう例をたくさん見たときに、学校の先生がどれだけ一生懸命頑張ったところで、悔しいけど。
福田 大事かもしれませんね。子どもは学校教育だけで成り立つものではないってことですね。
【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第2回)スキャンダル後、暇なときに話がきた「義足プロジェクト」 政治によって境遇の有利、不利をなくしたい に続く。3日18時公開予定。

《プロフィール》
乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)1976年生まれ。東京都出身。作家、タレント、政治活動家、YouTuber。政治団体「ファーストの会」副代表。2000年早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に出版した「五体不満足」(講談社)がベストセラーに。大学卒業後はスポーツライターとして活躍。東京都杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年に東京都教育委員に就任。2022年参議院議員選挙、2024年衆議院議員補欠選挙に立候補するがいずれも落選。教員時代の経験をもとに執筆した初の小説「だいじょうぶ3組」(講談社)は映画化され、自身も出演。






