米中AI戦争の行方とその周りで稼ぐ国々 半導体は港で止まる、AIモデルは止まらない
米国が中国への先端半導体の輸出を絞り始めて、4年近くになる。
高い性能のAIを開発するには、大量の計算をこなす半導体が必要になる。米国はそこを止めにきた。
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規制は今年も細かくなっている。1月には米商務省が輸出許可の審査方針を改めてきた。5月末には、中国に本社や親会社を持つ企業なら、その拠点が国外にあっても許可が必要だと念を押した。海外の子会社を経由して買う抜け道を塞ぐためである。
同じ時期、規制の対象は半導体だけでなく、AIモデルそのものにも広がった。
6月12日、米政府の輸出管理上の指示により、Anthropicは最上位モデル「Claude Fable 5」を外国籍の利用者に提供できなくなった。再開したのは7月1日。3週間近く、日本を含む米国外の利用者は、同社の最高性能モデルを使えなくなった。OpenAIも6月末、最新モデルをまず政府の審査を通った20ほどの組織にだけ提供し、一般公開はその後だった。
つまり米国は、自国のAIモデルを海外に出すか出さないかを、実際に決められる。それなのに、この夏の勢力図を見ると、中国のモデルは1つも止まっていない。
理由は単純である。半導体は物だから、港で止まる。AIモデルは物ではない。
AIモデルの中身は、学習で身につけた判断のパターンを大量の数値として記録したものだ。業界では「重み」と呼ぶ。実際に動かすには設定ファイルやプログラムも要るが、いずれもデータである。インターネットを通じて何度でも複製できる。
もちろん、規制の手段がまったくないわけではない。配布サイトに削除を求めることも、クラウドでの提供や企業での利用を禁じることもできる。ただし、すでに世界中の誰かが保存したデータを回収するのは、半導体を止めるよりはるかに難しい。
規制が及ばなかったのではない。及び方が、両側で違ったのである。
ファーウェイには4年かかったが、AIモデルは数カ月だった
2019年、米国はファーウェイを事実上の禁輸リストに載せた。同社のスマートフォンは最先端の半導体を買えなくなり、世界市場から姿を消していった。当時は「中国の通信機器とスマホの技術は数年遅れる」と見られた。実際、その見立ては数年間は正しかった。
同社が自国製の先端プロセッサを積んだ端末を市場に戻したのは2023年である。4年かかった。工場と製造装置が要る産業では、それが最短だった。
今回、同じような規制がAIに向けられた。追いつくまでにかかった時間は、数カ月だった。
2月、北京のZhipu AI(智譜、国際名Z.ai)がGLM-5というモデルを公開した。フロンティアモデルと呼ばれる部類である。各社が最高性能を競っている最前線の大型AIモデルのことで、開発には巨額の資金と膨大な計算能力が要る。
このGLM-5が、ロイターによれば、NVIDIAの半導体を1つも使わず、ファーウェイ製のAI半導体と中国製の開発ソフトだけで訓練されていた。ただしこれはロイターの取材によるもので、Zhipu自身は公式に認めていない。それでも、「先端チップがなければフロンティアモデルは作れない」という米国の規制の前提は、大きく揺らいだ。
同社は1月8日に香港証券取引所へ上場している。フロンティアモデルの開発を本業とする専業企業としては、世界初の上場例である。OpenAIもAnthropicも、いまだ上場していない。資金の集め方でも、追う側が先に手を打った。
中国の主なAI企業は4社
中国側の企業は多く日本人にはなじみが薄いかもしれないが、役割で分けると案外分かりやすい。
DeepSeekは価格を下げる役である。4月に公開した最新モデルは、ソフトウェア開発の能力を測る代表的なテストで、米国の最上位モデルとコンマ数ポイント差まで迫った。それでいて公式サービスの利用料は、比べた米国モデルの数分の1に収まる。
Alibabaはモデルからクラウドまで自前で持つ。自社モデルQwenを、自社のクラウドに載せて世界に売る。日本でも今年6月から東京の拠点で提供を始めた。
Moonshot AIは研究力で勝負するスタートアップである。7月に公開したKimi K3は2兆8000億パラメータで、重みが公開されたモデルとしては最大級だ。フロントエンド開発に絞って人間の投票で優劣を決める国際的なランキングでは、米国の最上位モデルを抑えて首位に立った。
Zhipuは前に述べたとおり、資本市場と制度の側から攻めている。
総合的な最高性能は、いまも米国勢——AnthropicのClaude、OpenAIのGPT、GoogleのGemini——が握っている。変わったのは、その差が「性能は落ちるが安いので我慢して使う」という水準ではなくなったことだ。中国モデルはもう代用品ではない。仕事の内容によっては、対等な選択肢である。
そして中国勢の本当の武器は、性能でも価格でもない。売り方である。
中国のクラウドと中国のモデルは、分けて考えられる
日本企業がこれまで中国製AIを避けてきた理由は、性能ではなく安全性だった。自社の設計図や顧客情報を、中国のサーバーに送ることへの不安である。これは当然の警戒だ。ファーウェイの通信機器が排除されたときと理由は同じである。
ところが今回、その理由が当てはまらない使い方が出てきた。
米国勢も小型のモデルは重みを公開している。ただし最上位のモデルは公開せず、使うにはインターネット経由で同社のサービスに接続する。一方、中国勢は最上位に近いモデルまで重みを無償で公開する。商用利用を認めるものが多い。条件はモデルごとに違う。
企業がその重みを自社のサーバーに置き、外部との通信を遮断し、動かすプログラムを検査すれば、入力したデータを社外に出さずにAIを使える。
つまり、中国企業のクラウドを使わずに、中国企業が作ったモデルだけを使える。警戒している相手の技術を、警戒したまま安全に使えるということだ。かつてのファーウェイ排除は、機器ごと締め出せば済んだ。今回は締め出す対象が機器ではない。
ただし、手元で動かせばすべて安全になるわけではない。防げるのはデータの流出だけである。モデルを動かすプログラムに不審な通信機能がないか、ライセンスに問題がないか、回答に政治的・文化的な偏りがないかは、別に確かめる必要がある。中国モデル特有の危険が消えるのではない。クラウドを使う場合とは違う種類の危険に変わるのである。
市場は二つに分かれ、その真ん中にシンガポールがいる
いまAI市場は、大きく二つの層に分かれつつある。
一方は、公開された重みを自社の設備で動かす使い方である。機密を扱いやすく、費用も抑えられる。ここは中国勢が主導している。
もう一方は、ハイパースケーラーと呼ばれる米国の巨大クラウド事業者が提供するモデルである。GoogleやMicrosoft、Amazonのように、世界中に大規模なデータセンターを持ち、桁違いの計算能力を貸す企業を指す。最高性能はここにしかない。7月だけでもAnthropic、OpenAI、Googleが次々に新モデルを出した。進化の速度は落ちていない。
企業は結局、両方を使うことになる。機密性の高い定型業務は自社設備で、最高性能が要る仕事はクラウドで、という使い分けである。
そうなると重要になるのは、性能でも価格でもない。米中双方の企業と取引しながら、資金、人材、データ、規制を整理できる拠点がどこか、である。
その候補として存在感を高めているのがシンガポールだ。
米国勢の動きは早かった。今年5月20日、シンガポールで開かれた技術会議ATxSummitの初日に、OpenAI、Google、NVIDIAの3社がそろって同国政府との提携を発表。OpenAIは3億シンガポールドル(約2億3000万米ドル)超を投じ、米国外では初となる応用AIラボを設ける。
数年で200人以上の技術職を現地に置く計画だ。Googleは2022年から続く提携を広げ、医療分野を皮切りにDeepMindの技術を現地の組織に開放する。NVIDIAはロボットとAI基盤の研究所を置く。Anthropicも現地採用を始めた。中国市場に売れない米国勢にとって、アジアの残り全部を取りにいく拠点である。
中国勢にとっては、意味が違う。TencentもAlibabaも、そしてManus AIも、海外進出の第一歩としてシンガポールを選んでいる。狙いは、中国本社から一定の距離を置いた海外拠点を作ることだ。
中国国内向けは中国法人で、世界向けはシンガポール法人で、という二階建てにする。中国のAI研究者は国外に移るのに手続きが要るため、現地に法人と現地従業員を持つこと自体が事業上の必需品になっている、という証言も現地から出ている。
シンガポール政府はこれを国家戦略として売り込んでいる。1月に国家AI研究開発計画を発表し、2030年までに10億シンガポールドルを投じる。
ただし、シンガポールに会社を置けば米中双方の規制から自由になれる、という話ではない。
中国発のManus AIは昨年半ばに本社をシンガポールへ移し、12月にはMetaへ20億ドルで売却することで合意した。ところが北京がこれを止め、4月には買収の解消を命じている。中国国内に事業の実態が残っている以上、中国の管轄だという判断である。逆向きの危険もある。6月に米国のモデルが外国籍の利用者に止まったとき、シンガポールも例外ではなかった。
両側と取引できるということは、両側から規制の対象と見なされるということでもある。
日本・韓国・台湾は「つるはし」を売る
もう一つ、静かにもうかっている立ち位置がある。金を掘るのではなく、金を掘る人につるはしを売る立場である。
米中のどちらが勝っても、AIモデルを開発して動かすには大量の半導体が要る。そして、その供給網の要所を東アジアが握っている。
役割はそれぞれ違う。台湾は先端半導体の受託製造と、高度なパッケージ技術。韓国はAI半導体に欠かせないHBMなどの高性能メモリー。日本は製造装置、材料、シリコンウエハー、検査部品である。三者とも自分で世界最高のAIモデルを作っているわけではないが、どれか一つでも欠ければAIは動かない。
ハイパースケーラー各社の設備投資は数年単位で計画されている。発注は数年にわたって東アジアに流れ込む。7月にはAI・半導体株が急落したが、この局面では一部のメモリー関連株が半導体設計の銘柄より相対的に堅調だった。相場が荒れても、需要そのものは残りやすい。
NVIDIAはこの構造をよく分かっている。日本の大手企業への働きかけは巧みで、経営トップが自ら日本へ足を運び、産業界に直接語りかける。供給網の要を押さえている相手への、周到な関係づくりである。
ただし、つるはしを売れば必ずもうかるわけではない。価格競争、過剰な設備、技術の世代交代、大口顧客への依存という危険がある。そして何より、どの製品をどれだけ発注するかを決めるのは、米中の巨大AI企業のほうである。
モデルについて行くのが精一杯
半導体は規制された。それでも、実用的な性能と価格という土俵では、中国勢は急速に追いついた。費用の比較だけでは、この勝負の行方は測れない。
ただし、輸出規制が無意味だったという意味ではない。規制は中国側の調達費用を押し上げ、開発の進め方を変えさせた。国産チップに合わせて作り直す作業も、少ない計算資源で成果を出す工夫も、規制がなければ要らない負担だった。効かなかったのではない。決定打にならなかったのである。
日本はAIモデルでも、AI向け半導体の設計でも主役とは言いにくい。それでも、製造装置や材料、安全なデータ管理、企業へのAI導入支援には強みがある。米国か中国かを単純に選ぶ話ではない。それぞれの技術と危険を分けて考え、安全に使えるルールを早く整えることだ。
とはいえ正直なところ、まずはモデルについて行くのが精一杯である。この原稿を書いている間にも、どこかで新しいモデルが出ている。
文/佐藤崇 内外タイムス






