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悲劇は父の命日から2日後だった…イオンモール熊本の爆発事故で犠牲になった大竹玖瑠美さん親族の怒り

熊本地震によるイオンモール熊本の爆発事故に巻き込まれて亡くなった大竹玖瑠美さん(22)の親族男性(51)が内外タイムスの取材に応じ、大竹さんが勤務していた雑貨店の運営会社「ハビタ」への怒りをにじませた。

すでに各メディアで報じられているが、大竹さんは地震の後、いったんイオンモールの外に避難していたにもかかわらず、本部からこの日は休みだった店長を通じて電話があり、売り上げを金庫に入れるよう指示があった。偶然、買い物に来ていて駐車場で会った大竹さんのいとこと叔母が止めたものの、責任感の強い大竹さんは同僚とともにモール内に戻った。爆発があったのはその5分後だった。

「売上金を金庫に入れてほしいという一言で2人の命が亡くなっています。全ての真実を明るみにしてほしい」

男性が悲しみだけでなく、怒りや疑念を抱くのは本部の当初の説明が違っていたからだ。「同僚が荷物を取りに行きたいと言ったから、玖瑠美が一緒に行って巻き込まれたという説明だったんです」と声を震わせる。

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電話口から漏れてきた母親の絶叫

7月28日16時27分、マグニチュード7.1の大地震が熊本を襲った。イオンモール熊本が爆発したのは17時50分。この時、男性は経営している会社で掃除をしていたが、ニュースで爆発事故を知り夫人に連絡、夫人が大竹さんの母親に連絡した。母親はいったん愛娘の安否を確認していたため、事故に巻き込まれていたことを知る由もなかったという。

しかし、何度電話をかけてもつながらない。現場に駆け付け、夜まで待ち続けた。

「消防から深夜1時59分に連絡があって、大竹玖瑠美さんのマイナンバーカードが近くに落ちているので間違いないと思いますと告げられました。妻から(母親に)玖瑠美はダメだったと伝えたところ、電話口から漏れてきた絶叫は今でも耳に残っています」と男性は振り返る。

ただ、遺体の損傷が激しかったためDNA鑑定に出すことになり、この日は帰宅。31日に遺族と親族で熊本県警御船署に迎えに行った。

ハビタ側から最初に連絡があった際、先述の通り、同僚に巻き込まれた旨の説明があったという。しかし、駐車場で偶然会った大竹さんのいとこと叔母から“真相”を聞いていたため、すぐにウソはバレた。男性は本部に電話し、「業務上の過失じゃないか」と問い詰めた。

8月2日、大竹さんの通夜にハビタの上野景真社長らが弔問。しかし、初めて対面した男性をはじめ、家族、親族の怒りが収まるはずはなかった。

「同仁グループのホームページからハビタを外したり、人の命より自分たちの保身を優先したように私は受け止めました」

父親は3年前の7月26日にがんで他界

今も大竹さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。

「いつもニコニコしていて、みんなから好かれる子でした。3年前にお父さんが亡くなったので、お母さんを支えながら、弟や妹の面倒を見ていました。いずれは結婚して円満な温かい家庭をつくるんだろうなと思っていたんです」

大竹さんの父親は3年前の7月26日にがんで亡くなった。父親の命日の2日後、家族の中心にいた大竹さんは22歳の若さで逝った。失うはずではなかった尊い命、愛くるしい笑顔はもう帰ってこない。

文/請川公一 内外タイムス編集部

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