学術論文の過半数に生成AIの影響か トロント大が730万本を分析、AIの特徴的な言葉の使用頻度が1年で3倍以上に上昇
学術論文の文章に、ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)の影響が急速に広がっている可能性がある。カナダ・トロント大学の研究者は、2020年から25年に出版された学術論文約730万本の本文を分析し、LLMが生成する文章に多く見られる語の増加から、論文中の生成AIの影響の広がりを推定した。研究成果は2026年5月29日付で米国科学アカデミー紀要「PNAS」に掲載された。(https://doi.org/10.1073/pnas.2605754123|doi.org/10.1073/pnas.2605754123)
生成AIは、研究の進め方だけでなく、学術論文の書かれ方そのものを変えつつあるのか。研究では、Elsevier、Frontiers、MDPI、PLoSの4出版社から、2020〜25年に出版された733万4912本の論文データを集めた。対象にしたのは抄録と本文で、著者情報や参考文献などは除いた。
分析の手がかりになったのは、ChatGPT公開後の2023年以降に急増した228語だ。研究者は、2020〜22年を「生成AI普及前」の基準とし、2024〜25年に使用頻度が3倍以上に増え、しかも2020〜22年の時点では急増していなかった語を抽出した。新しい研究テーマの流行や専門用語の変化では説明しにくく、LLMの文章に特徴的とみられる語を使って、本文1万語あたりの出現率を調べた。
2025年には57%にLLM影響の痕跡
分析の結果、LLMの影響を受けた可能性がある論文の割合は、2023年の12%から、2024年には36%、2025年には57%に増えたと推定された。2025年には、分析対象となった出版済み論文の半数を超える文章に、何らかのLLM影響の痕跡が表れていた計算になる。
ただし、この数字は「論文の半数以上がAIに丸ごと書かれた」という意味ではない。影響の程度には大きな幅がある。英文を整えるために一部だけ使った可能性もあれば、広い範囲でLLMが作った文章が混じった可能性もある。
また、著者自身がAIを使っていなくても、AIの影響を受けた最近の論文表現を読み、それを人間が取り込むことで、似た語が増えることもありうる。それでも、2022年以前には比較的安定していた語の使われ方が、2023年以降に大きく変化したことは、生成AIが学術出版に入り込んだ規模の大きさを示している。
地域や出版社、分野によって差
LLMの影響は、すべての論文で同じように広がっているわけではなかった。地域別では、中東・北アフリカ、南アジア、東アジア・太平洋地域で増加が大きかった。英語を母語としない研究者にとって、LLMは英語論文を書く負担を下げる道具になっている可能性がある。一方で、英語論文数が評価に直結する研究環境では、見た目だけ整った低品質な論文の生産を助ける危険もある。
大学の地位による差も見られた。世界大学ランキング上位の大学より、下位やランク外の大学に所属する著者の論文で、LLM関連語の増加が大きかった。研究者は、資源の限られた機関に所属する研究者ほど、競争的な出版環境に対応するためにLLMを使う誘因が強い可能性を指摘している。
出版社別では、MDPIとFrontiersの論文で、Elsevierに比べてLLM関連語の増加が大きかった。PLoSはElsevierよりわずかに低かった。分野別では、コンピューター科学、経営学、建築・都市計画、法学などで増加が大きく、数学、哲学、歴史学などでは相対的に小さかった。
研究者は、LLM利用そのものが悪いとはしていない。英語表現の改善、文章作成の効率化、コード作成、文献整理など、研究者を助ける使い方はある。特に英語を母語としない研究者にとって、LLMは科学的な発信の壁を下げる道具にもなりうる。
一方で、LLMはもっともらしい誤りや存在しない引用を生み出すことがある。AIによる文章作成が広がれば、論文表現が似通い、議論の独自性が弱まる恐れもある。さらに、低品質な原稿や実体の乏しい論文を大量に作る手段として使われれば、査読や編集の負担を増やし、学術記録の信頼性を損なう。
今回の研究にも限界はある。特定の語の増加からLLMの影響を推定しているため、個々の論文で著者がAIを使ったことを直接証明するものではない。また、今後のモデルは現在のような分かりやすい語の癖を残さなくなる可能性もある。AI利用の検出は、今後さらに難しくなるとみられる。
それでも、出版済み学術論文の文章に生成AIの痕跡が急速に広がっていることを大規模に示した意義は大きい。問題は、AIを使うか使わないかという単純な線引きではない。どこまでが許容される文章支援で、どこからが研究者自身の貢献を置き換える不適切な利用なのか。学術界は、その境界を早急に定める必要に迫られている。
文/吉田光男 内外タイムス






