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AI時代の社会をどう読み解くか米国で国際会議 数理モデルでメキシコのカルテルの実態を分析

人工知能(AI)は、人びとの判断や情報接触をどう変えるのか――。SNSの推薦、ニュースの読み方、教育や労働、政治的な分断、都市の移動。さまざまな社会の動きを大規模なデータと計算モデルで分析する国際会議「IC2S2 2026」が4日間にわたり、米国バーモント州バーリントンで開かれた。

IC2S2は「International Conference on Computational Social Science」の略称で、計算社会科学を代表する国際会議である。今年で12回目となる2026年は米バーモント大学のVermont Complex Systems Instituteが主催し、7月28日から31日まで開催された。初日は若手研究者を主な対象としたワークショップやチュートリアルに充てられ、29日から3日間、本会議が行われた。

プログラムには、口頭発表とポスター発表を合わせて465件が掲載された。社会学、経済学、政治学、心理学などの社会科学と、コンピューター科学や統計学の研究者が、専門分野を越えて集まった。

計算社会科学では、SNSへの投稿や検索結果、ニュース、オンライン上の交流、都市の人流など、日常生活の中で生み出される大量のデータを使って社会の仕組みを探る。今回も、AIや情報環境に加え、政治、教育、労働、健康、文化、都市、科学研究など幅広い問題が取り上げられた。

入国審査、政治状況を踏まえ欧州研究者は米国敬遠か

開会式で示された国別集計によると、参加者は開催国の米国が403人と突出して多く、日本が43人で続いた。日本人研究者が関わる発表も約40件に上った。

一方、欧州からの参加は総じて少なかった。英国は12人、ハンガリーは9人、ドイツとスイスは各6人で、その他の国も一桁が中心だった。米国の入国審査や研究政策、政治状況への懸念から、海外の研究者が米国で開かれる学会への参加を見送る動きは、ほかの研究分野でも表面化している。今回の参加者構成にも、こうした状況が影響した可能性がある。

発表内容にも、開催国の色が濃く表れていた。米国の選挙や議会、大学、教育制度、都市、連邦規制などを対象とする研究が目立った。SNSや動画共有サービスの推薦が選挙関連情報への接触をどう変えるか、オンライン上では政治的な分断が実態以上に強く見えるのではないかといった問題も検討された。

誰が会議に参加し、どの国のデータや問題意識を持ち込むかによって、そこで描かれる「社会」の姿も変わる。世界の社会現象を扱う国際会議でありながら、今回は米国の問題にやや重心が置かれているように映った。

日本が米国外で最大の参加国となった意味は小さくない。日本には、米国とは異なる言語、政治制度、都市構造、メディア環境、プラットフォームの利用文化がある。日本の研究者による発表も、情報環境やオンライン文化から都市移動、災害時の行動まで多岐にわたった。

特定の国のデータから得られた知見を、人間社会全体の性質とみなすことはできない。異なる社会のデータを比較し、共通する仕組みと地域固有の違いを切り分けるうえで、日本の研究者が提供できる視点は重要になる。

数理モデルでメキシコのカルテルの実態に迫る

会議の射程は、AIやSNSに限らない。オーストリアの研究機関「Complexity Science Hub Vienna」のラファエル・プリエト=クリエル氏は基調講演で、メキシコの犯罪組織カルテルによる暴力を数理モデルで分析した研究を紹介した。この研究成果の詳細は、国際学術誌「Science」に掲載されている(https://doi.org/10.1126/science.adh2888)。

カルテルには構成員名簿のような資料がなく、内部の実態を直接調べることは難しい。そこで同氏は、カルテルを内部の見えない「ブラックボックス」として捉えた。殺人、行方不明者、逮捕、収監といった外部から観測できるデータと、約150のカルテルの対立・協力関係を組み合わせ、組織の規模や変化を推定した。

モデルによると、メキシコ国内のカルテル構成員は約17万5000人に上り、一つの雇用組織とみれば同国で第5位に相当する規模だという。警察が構成員を逮捕しても、カルテルが同じ人数を新たに勧誘すれば、組織全体は縮小しない。逮捕者数だけを成果とする治安政策では、この循環を断ち切れないことが示された。

政策を変えた場合のシミュレーションでは、警察や監視、司法などの治安能力を2倍にしても、暴力の大幅な減少は見込めなかった。一方、カルテルへの新規加入を半減させた場合には、殺人がより大きく減少した。刑期を長くするよりも、出所後の更生を支え、カルテルに戻らない環境をつくる方が効果的だとする結果も示された。

講演が強調したのは、カルテル問題を薬物取引や犯罪者の逮捕だけに還元してはならないという点だった。社会が安定した雇用や所得を十分に提供できなければ、カルテルが提示する報酬が現実的な選択肢になってしまう。治安政策だけでなく、教育、雇用、更生支援などを含む大規模な投資が必要になる。

内部を直接観測できない社会現象でも、外部に現れるデータから構造を推定し、政策の効果を比較できる。この講演は、計算社会科学が社会の動きを説明するだけでなく、現実の政策を検討する手段にもなり得ることを示していた。

AIは研究手法であり、研究対象でもある

特に存在感を増していたのが、生成AIや大規模言語モデル(LLM)を扱う研究だった。

LLMは、大量の文章を分類したり、人びとの意見や行動を模擬したりする分析手法として利用される。その一方で、AI自体が人間の判断や情報環境を変える存在として、研究対象にもなっていた。

会議では、AIが人間の意思決定を助ける一方で信頼を低下させる可能性、AI検索が情報源の質や情報格差を見えにくくする問題、教育現場での利用が学生の文章や学習に及ぼす影響などが検証された。LLMが世論調査の回答者や行動実験の参加者をどこまで再現できるのか、その限界を調べる研究もあった。

TikTokやXなどの推薦アルゴリズム、Google検索やAIが生成する検索回答を対象とした研究も相次いだ。利用者がどの情報を選ぶかだけでなく、そもそも何が目に入り、何が見えなくなるのかを、プラットフォーム側の仕組みが左右しているためだ。

参加した東京大学の鳥海不二夫教授(計算社会科学)は、次のように話す。

「今回のIC2S2では、生成AIや推薦アルゴリズムが、政治的分断や差別、情報環境の偏りに与える影響を扱う研究が多く見られた。私たちは、こうした情報環境の影響を『情報的健康』という観点から捉える研究を進めている。栄養の偏りが身体の健康に影響するように、情報の偏りや過剰摂取も個人や社会に影響を及ぼす。AIやSNSが日常的な情報摂取を左右する時代には、情報環境を社会全体の健康として考える必要がある。もっとも、アメリカの食生活を見ていると、この考えがどこまで伝わるかは少し心配だが」

AIやSNSは、社会を観測するための新たな手段をもたらした一方で、人びとの選択や認識を変える情報基盤にもなっている。どの情報が誰に届き、何が見えにくくなるのか。その影響は、国や文化、制度によってどのように異なるのか。

IC2S2 2026は、技術によって変化する社会をデータから読み解くと同時に、誰の社会を、誰の視点から分析しているのかを問い直す場となった。米国中心の研究を相対化し、異なる社会の共通点と違いを明らかにするうえで、日本の研究者が果たす役割は今後さらに重要になりそうだ。

文/吉田光男 内外タイムス

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