岸谷蘭丸が愛煙家への理解を求める かつての日本はどこでもたばこを吸うことができた「愛煙家天国」だった
教育事業家でインフルエンサーの岸谷蘭丸が7日、自身のYouTubeチャンネルから切り抜きをアップ。「彼女にタバコをやめてと言われたら?」というタイトルで話題を集めている。
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スタッフから「付き合った女性に“たばこをやめないと一緒にいられない”と言われたら?」と質問された岸谷は、「黙れ!」と即答。岸谷は1日、この切り抜きの元となる動画をアップし、「現代社会では、やはり喫煙者は除け者にされていると。そんな中、我が社『MMBH留学』はなんと喫煙率100%」と説明し、「多様性を認めていただきたい」と愛煙家への理解を求めていた。
たばこに対するリスクや批判についての私見を熱く語っていた岸谷。だが、健康志向のご時世に愛煙家への温かいまなざしは皆無に近い。しかしながら、ひと昔前だったら環境は大きく違っただろう。
たばこの歴史をたどると、日本では室町時代末期から安土桃山時代にポルトガルの宣教師たちによって持ち込まれたとしている。江戸時代初期に高価な薬品として全国に普及し、ピークの昭和時代には、いつでもどこでも喫煙できる万全の環境が整っていた。
例えば、交通機関の場合、電車をはじめ新幹線、飛行機、バス、タクシーの車内では当たり前のように灰皿が設置されていた。当然のごとく、分煙席などは設けておらず、煙に目が染み、せき込む子どもの姿は日常茶飯事だった。
また、映画館や娯楽施設はもちろん、病院、役所、学校の職員室などでも灰皿や喫煙所が設置されており、さらには公共のトイレにも設計段階から組み込まれていたものだった。通院しているのにもかかわらず、待合では喫煙する光景は当たり前だった。
また、オフィスでも自席に灰皿を常備し、路上喫煙も当然。道端にはたばこの吸い殻がそこら中に散乱し、子どもは火種に当たらないよう、自ら注意する必要があった。
ところが、昭和末期となる1988年1月、営団地下鉄(現:東京メトロ)が終日禁煙を実施し、その後日本の9都市の全ての地下鉄が全面禁煙に。同年4月、一部たばこのCMが「自主規制」され、航空機は全面禁煙を実施。2003年3月、甲子園球場のスタンド席が禁煙となり、同年5月には健康増進法が施行され、屋内での受動喫煙防止が努力義務化された。これにより、喫煙場所や喫煙者の制限が強化され、公共の場での喫煙が減少し、愛煙家が追いやられる世の中へと移り変わった。
たばこの主要銘柄は今や600円に達し、約6割が税金。ましてや、たばこ税だけでなく消費税も上乗せされ、愛煙家にとっては死活問題だろう。だが、喫煙者がいなくなったらこの財源は何から補うのだろう。






