大橋未歩アナが8年の不妊治療を断念 過去には「代理出産」を選び裁判となった芸能人も
15日の「スポーツ報知」(報知新聞社)では、フリーアナウンサーの大橋未歩にクローズアップ。大橋は2023年春、2016年1月に再婚した夫と2人で米・ニューヨークへ移住している。
同サイトでは、大橋が現地でのトークイベントで初めて告白した、自身の不妊治療などについても語ったとし、現在の夫と8年間取り組んだ不妊治療にまつわる話はこれまでオープンにはしていなかったという。その理由について大橋は、「公表することがプレッシャーになる怖さがあった。それぐらい子どもが欲しかった」と語り、45歳を目前に治療を諦めた経緯や心境を打ち明けている。
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現在、日本は少子化が問題視され、晩婚化による高齢出産が社会問題となっている。一方で、不妊治療に取り組むカップルが増えつつあるようだ。一縷(いちる)の望みを託した大橋が、治療を断念した決断はたやすいものではない。
かつて、子宮摘出手術により妊娠が不可能となったものの、代理出産を経て双子の男児の母となった芸能人もいる。
タレントの向井亜紀は1994年、元プロレスラーの高田延彦と結婚。2000年に妊娠に至るも、産婦人科の検査で子宮頸がんが判明し、胎児とともに子宮を摘出することとなった。以後の妊娠は絶望的となり、これに向井は代理母出産を視野に入れ、手術前に卵子を保存していたという。
そして2002年8月、「高田の遺伝子を残したい」と懇願する向井は夫とともに渡米を敢行し、向井の卵子による受精卵を第三者の女性の子宮に移植して出産してもらう代理母出産を表明。当時、日本では症例も少なくメディアは一斉に取り上げ連日、大きな話題を集めた。向井はネバダ州で代理母出産契約を結び、保存していた自分の卵子と高田の精子を体外受精させた上で、同州在住の30歳代の米国人女性が代理母として妊娠に成功した。
2003年11月、女性は双子の男児を出産し、夫妻は同州の裁判所に親子関係確定の申し立てを済ませ、双子の両親とする出生証明書が発行された。帰国後、夫妻は東京都品川区に出生届を提出。だが、一度は受理された出生届が2004年1月に不受理とされ、親子関係が絶たれたのだ。
夫妻は不受理を取り消すよう品川区長に求める家事審判を東京家裁に申し立てたが、2005年11月に東京家裁は訴えを却下。その後に東京高裁に抗告し、「向井夫妻を法律的な親として養育することが子どもの福祉に最もかなっている」と、品川区に夫妻が提出した出生届受理を命じる判決を言い渡したが、品川区の上告により判決は覆された。
2009年、夫妻は双子と特別養子縁組を経て、法的な親子関係が成立した。不妊治療は、金銭面や不安による精神的・身体的な負担から苦痛な治療である。諦める勇気は誇りでもあり立派な選択である。






