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元鷹エース・武田翔太の挑戦(第1回)「戦力外」から韓国へ渡った33歳 異国の地でもがく“再起への道”

福岡ソフトバンクホークスで一時代を築いた若きエースが異国の地でもがいている。武田翔太、33歳。昨年オフに戦力外通告を受け、新天地に選んだのは韓国プロ野球(KBO)のSSGランダースだった。

だが、待っていたのは21試合で2勝10敗、防御率7.77というまさかの現実。野球の違いに戸惑いながらも、現地での生活や子育てを楽しみ、復活への道を模索する元エースの胸中に、かつての“鷹番”が現地で話を聞いた。

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韓国料理に囲まれた異国の生活 現地で感じた日本との違い

9月5日。私はソウル市内から約2時間半、電車とタクシーを乗り継いで京畿道利川(イチョン)市にある「LGチャンピオンズパーク」をはるばる訪ねた。ここはLGが誇る豪華な2軍施設。お目当ての男、武田はちょうどタイミング良く、メーン球場のテラス席で通訳やトレーニングコーチとともに食事をしているところだった。

会うのは10年ぶりだろうか。互いに月日の流れを感じながら、ややぎこちない握手を交わす。1軍登録を抹消されている立場を慮れば、気持ちが晴れやかであるはずがない。しかし、目の前の彼は、いつもの人懐っこい笑顔を返してくれた。

その表情を見た瞬間、一気に時間が戻ったような気になり、張り詰めていたこちらの肩の力が、ふっと抜けていく。

「お互い、年を取りましたねえ」「いいことも、悪いことも、いろいろありました」

食べ終わるのを待っていると、おかずを少し残して箸を置いた。食欲がないのかなと気になったが、武田は「脂ものが多かったので控えめに。韓国料理は大好きですよ」と言ってインタビューに応じてくれた。

そんな彼が優勝ムードに沸く常勝軍団からひっそりと戦力外通告を受けたのは、昨年10月1日のことだ。

宮崎日大高から2011年ドラフト1位で入団し、ルーキーイヤーに8勝1敗、防御率1.07という抜群の成績を残して一世を風靡(ふうび)。15年に13勝、16年には自己最多の14勝を挙げ、エースへの階段を駆け上がった。以降は故障もあり、伸び悩み、直近の2年間は1軍登板なし。それを考えれば、それも仕方のないことかもしれない。

「又吉(克樹)さんが戦力外通告を受けた日に代理人から聞いて知りました。あ、そうなんだと。そりゃ、14年間在籍した思い入れの強い球団ですから寂しさもありましたが、11月にアメリカに行く予定にもなっていたので、向こうでプロテストというか、ショーケースに挑戦しようかなと考えていたんですよ」

そこへ舞い込んできたのがSSGからのオファーだった。新設される「アジアクォーター制度(アジア枠)」によるもので11月16日に制度の上限である「総額20万ドル(約3100万円)」の1年契約を結ぶ。前年の推定年俸1億5000万円からの大幅な減給となったが、ためらいはなかった。

その日、武田は自身のインスタを更新し、新天地での挑戦とともに「福岡で過ごした時間は、僕にとって一生の宝物です」と感謝の思いをつづった。

その後、渡米し、ノースカロライナ州の最先端施設「トレッド・アスレチックス」で投球動作解析や体幹を強化。そのままフロリダでのSSG春季キャンプに参加すると、そこから生まれ故郷でもある宮崎に移動し、キャンプを張っていた若手主体の部隊と合流。3月9日、本拠地となる韓国・仁川(インチョン)に入った。

「トレッドには毎年行っていて、千賀(滉大)さんとは一緒に食事に行ったりもします。昨年は前田悠伍も来てました。実は3年ほど前からランダースのトレーニングコーチとも顔なじみになっていたし、縁があったんでしょう。ランダースでは先発としてやり直したい気持ちが強かった」

「子どもは変えられない」 家族と過ごす時間が増えた韓国生活

渡韓してちょうど半年が経った。成績は芳しくない。しかし、武田には心強い味方がいる。それは妻と、朔歩くんに叶逢ちゃんの2人の幼い子どもたちだ。

「単身で来ていれば、ある意味楽だったかもしれない。でも、失うものがデカいと思ったんです。仕事は変えられるけれど、子どもは変えられない。上が3歳の男の子で、下の女の子は3日前に1歳になったばかり。一番成長するのが早い時期だし、そこを見逃したくないと思ったんですよ」

マウンドを降りれば、1人の優しいイクメンだ。実は武田自身も父・重次さんから深い愛情を受けて育った。この子煩悩さはきっと父譲りなのだろう。

「下の子の誕生日に写真を撮りに行って妻がケーキを作って。それをこぼして床がべちょべちょになって。それがまたかわいい。言うことは聞きませんが、それぐらいがちょうどいい。骨折までならOKですよ」

インチョンでのマンション暮らし。ほのぼのとした光景が目に浮かぶようだが、幸いにも子育てする環境にも恵まれているという。

「子育てするには日本よりしやすいんじゃないかな。こっちは小さい子にみんな優しい。道行く人々がまるで“義母”のような感じ。すごく面倒を見てくれる。たまに距離が近すぎるかな?と思うこともありますけど、家族ファーストの環境はすごくいい。こっちに来て家族との時間が増えました」

温かい家族がそばにいて、人情味あふれる現地の人々に囲まれている。武田には、異国に渡った外国人選手が陥りやすい孤独感や疎外感のようなものが一切ない。それは何よりの救いだった。

しかし、周囲の環境が優しく、満たされているからこそ、結果を出せない自分に対する「不甲斐なさ」が、より一層彼の胸を締め付けるようにも思えた。

(第2回に続く)

文/山本智行 内外タイムス編集部

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