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中森明菜が30年ぶり「Mステ」に生出演、伝説的ディレクターからの発掘で一時代を築くも公の場から姿を消していた時期も

歌手の中森明菜が17日、テレビ朝日系「ミュージックステーション 夏の2時間SP」に生出演した。30年ぶりの生歌唱のステージには、デコルテをあらわにした淡いベージュのドレスで登場。今月1日にリリースした新曲「ごめんと、すきと、」をテレビで初歌唱したほか、番組MCでタレント・タモリのリクエストによる1987年の大ヒット曲「難破船」を披露し、視聴者から大きな反響が集まった。

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今年5月1日、デビューから44周年を迎えた。7月1日からは全国ツアーが開催され、長い“沈黙”から再スタートを切った。中森は、1980年代に「花の82年組」として知られる女性アイドルの一人であり、数多くのヒット曲を世に送り出した。

振り付けを自ら考案し、独自のスタイルを確立する姿は当時のアイドルとは一線を画し、弱冠20歳で日本レコード大賞を2年連続で受賞。くわえて、女優としての才能も開花させ、エンターテインメント全般においても高評価を得た。

大活躍の裏では、ときにぶつかりながら共に80年代前半を走り抜けた伝説的ディレクター・島田雄三氏の存在が大きい。昨年7月、「NHKグループモール」のインタビューに応じた島田氏は「喜怒哀楽のスイッチの入り方が独特でした」と当時の中森について表現。

そして、「だから通常のツーといえばカーというようなコミュニケーションはとれず、かといって難しいわけではなく妙な魅力があって。愛想を振りまくでもないのに人をひきつけるものがあったんでしょうね。だからこそ僕も何十年も彼女のことが好きなんだと思います」と、時代を超える歌姫の魅力を語った。

ところが2010年に帯状疱疹を理由に芸能活動無期限の休止を発表。2017年末開催のディナーショー以降はしばらく公の場に姿を見せずにいた。

こうした経緯にはある理由があった。1989年7月当時、中森は交際していた歌手・近藤真彦の自宅マンションである騒動を起こした。帰宅した近藤に発見された中森は、病院に搬送され、近藤と歌手・松田聖子の“密会不倫”が引き金になったといわれた。

同年末、中森は復帰会見を開くが、会見の途中から近藤も同席。しかも、2人の背後には“金屏風”が設置され、まるで婚約報告会見のような会場だったが、近藤の態度はどこか他人行儀で明確に中森との結婚を否定した。これにより、2人は破局を迎える形となり、以後の中森の精神は崩壊していった。

ともあれ、61歳を機に再始動し、圧巻の歌唱力で観客を魅了した中森。歌姫の座はまだまだ健在のようである。

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