インフレと円安から人々を救うため、消費税は減税ではなく増税すべき
高市首相が、現在8%となっている飲食料品の消費税を2年間ゼロにすると公約した2月の総選挙から4カ月がたった。衆議院解散の記者会見では「悲願」とまで表現した。実際に総選挙では、チームみらいを除く各党が、消費税について減税方向の主張を行った。
そして足もとでは、ゼロにするためのレジの改修といったシステム的な困難等が指摘されるようになり、飲食料品の消費税の2027年4月から1%への減税へと落ち着きそうだ。しかし、国益と、この政策の目的である家計が困窮している人々への救済という観点から考えると、この消費税減税は撤回されるべきだ。
個人的には飲食料品の消費税がどうなろうと、正直どうでもよい。私自身の資産はインフレに連動するものに分散されているため、インフレが昂進(こうしん)しても資産は名目上増えて、不利益はないだろうという計算ができているからだ。そもそも、穏やかなインフレは多くの皆に良い状態だ。適度なインフレ期待がないと、人々は消費をしなくなる。
約30年ものデフレ期を生きてきた我々世代の日本人には感覚的に分かることだろう。デフレ期待となると、物が売れなくなり、企業の業績も悪くなって失業が増え、人々の給料が減り、さらに物が売れずに価格が下がる…という、デフレスパイラルへと入っていく。
今回の消費税減税政策の目的は、物価高が進むなか、人々の日常生活における経済的負担を軽減するためだ。人々の「感覚」として、食料品の消費税がなくなれば助かるというのは理解できる。しかし現実には、この政策でインフレは昂進し、無産階級の人々の生活がより厳しくなることが想定される。この政策により4~5兆円の税収が失われるが、代替財源の議論はほぼなされていない。
法人税や富裕層の所得税や金融所得への増税を主張する人々もいるが、法人税は激しい国際競争の中で増税余地はなく、富裕層への増税はそもそも絶対数が少なく意味のある財源になり得ない。国外脱出が進み、国富を失うことへとつながるため、取り得る選択肢ではない。安全保障環境も悪化して日米安保の信頼性も揺らぎつつある中、防衛費の増額も不可避だ。社会保障費の増加もやはり不可避である。
子どもから高齢者まであまねく「使った分だけ負担する」消費税は、非常に公平で優れた財源である。多くの先進国、すなわちOECD加盟38カ国の消費税率の平均が約19%となっているのも、少子高齢化が進む先進国社会においてこれに勝る税の仕組みがないからだ。
日本の消費税率はまだ約半分であり増税余地がある。一方所得税は、日本では人口の半分以上の人は非課税で、最低税率5%を適用されている人が(全体の半分以下の)所得税納税者全体の60%を占めている。高齢者等は全く支払っていない人が大半だ。
法人税は法人の「利益」に対して課税されるなか、日本の法人の3分の2は赤字で中小企業での赤字割合はさらに高く、一部の法人に負担が著しく偏っている。高い担税力のある法人は、必然的に国際的な事業展開をしており、日本の法人税制がこれ以上企業に対して不利になると、極力日本での課税が生じないように工夫することになる。経済合理性を考えれば当然のことだ。
結局、飲食料品消費税の減税を強行すれば、財政への信認は悪化する。円安は進み、国債の価値も下落して金利は上昇する。実際、高市首相の「悲願」発言を受けて円安が進んだし、直近4月から5月にかけて11.7兆円も投じて為替市場に介入しても、すでに効果は剥落し、円安が進んでいる。
そして、円安を阻止すべく、日銀は政策金利を上げる。こうして国債価値低下と政策金利上昇という2つの経路から金利が上昇する。15日からの金融政策会合で、日銀が政策金利1%まで引き上げる旨が報道されている。しかし現状円安は止まっておらず、これでは足りないというのが市場の声ということだ。政策金利上昇は、住宅ローンや企業の銀行借入の金利の上昇ももたらす。
家計にも企業の資金繰りにも不利益で経済活動を萎縮させる。さらには国債利払い費も増加し、さらなる金利上昇と国債価値下落のループへと入り抜け出せなくなり、最終的にはハイパーインフレによって収束という展開も見えてくる。
円安が進むと、日本では国内で作っているものも原材料等は国外からの輸入に頼っており、インフレが進むことは不可避だ。本来はインフレから人々を救おうとしていたという政策だったことからすると、本末転倒も甚だしい。
財政政策に対する信任を回復させることが最大のインフレ対策
ちなみに、ハイパーインフレになっても借金の額面は変わらないので、実質的に借金は棒引きされる。実際、日本では、敗戦によるハイパーインフレと1946年の財産税での最大90%の課税で国民のほぼ全財産を召し上げ、戦争で築いたばく大な負債を解決させたという歴史が存在している。
政府債務残高は、敗戦前年の1944年で対GNP 200%超で、現在は対GDP 250%を超えていて、主要先進国中最悪の財政状況となっている。うがった見方だが、政府にはインフレを起こしたい動機があるのは事実だし、人々の投票行動はその方向へと向かってもいる。
人々はインフレに文句を言いながら、さらにインフレが進む主張をしている政治家に投票をしている。政治家たちは、恐らくは消費税減税が愚策であると内心分かりつつ、有権者受けする消費税減税という主張をするという状態へと至っており、民主主義の限界を感じざるを得ない。
現代では、技術的には直接民主主義が可能である。なぜ議会制民主主義が続いているかというと、一般人には感覚的に理解が難しい事象を、選良たる議員が有権者に一時は嫌われてでも、国にとって本来必要な政策を立法し遂行するということが求められているからだ。世界的に議会制民主主義の意味がなくなりつつあるようにしか思えず、非常に嘆かわしい。
今回の飲食料品の消費税減税は、7%の消費税減税分より、円安や金利高などからくるコスト増によるインフレ効果の方が大きくなり、誰の利益にもつながらない可能性が高いようにしか思えない。ここは逆転の発想で、例えば消費税の軽減税率を廃止し10%に統一するといったことから、消費税増税の方向へとかじを切って財政への信認を回復させ、企業や富裕層への増税というほぼ無意味かつ政治的に安易な道に「行かない」というメッセージを強く打ち出すことが、インフレと円安に困る人々を救う政治の取るべき道である。
もともと軽減税率は、自民党は消極的ななか、今は野党の公明党の強い主張で導入されたものだ。このためにインボイスが必須となって農家をはじめ中小事業者は大きなデメリットを受けており、それも解決される。
農家の圧倒的多数を占める年商1000万円以下の免税事業者などは、軽減税率が廃止されることで、消費税の益税が増えることとなり、困窮から脱出できる。逆に、今回のようにさらに消費税減税となると極めて苦しい次第だ。
今、日銀が政策金利を上げることや消費税を減税することより何より、財政政策に対する信任を回復させることが、最大のインフレ対策なのである。そもそも円ドルの関係を購買力平価で見ると、現在160円程度で取引されている1ドルの価値は約100円だ。
私の経験からすると、今、欧米先進国の主要都市に旅すると、感覚的な円建ての物価はさらに激しく異なり、3倍近い。東京では1000円で食べられる食事がパリやニューヨークでは3,000円するといった次第である。
本来こうしたゆがみは、市場原理で自然と正されていくべきものだ。日本政府の財政政策への信認回復という道は、特に社会保障関連の歳出改革も必要ではあるが、最もインパクトがあるのは消費税である。なぜなら持続可能で真の意味で頼りになる歳入は消費税からしか生まれないからだ。
消費税政策において、財政信任回復に向けたメッセージを打ち出せれば、為替相場は購買力平価などからすると、一気に30円以上円高に振れても不思議ではない。結果、大きな痛みを伴う政策金利の引き上げも必要なくなり、インフレ率も一気に低下する。
現役世代の負担軽減・手取り増加に最も直結する社会保険料の引き下げも、消費税からもたらされる財源があれば実現が可能だ。高市首相には高い支持率があり、決断すれば実はそれを実現できる立場にもある。どうか君子豹変(ひょうへん)して、正しい道へ進んでほしいと願ってやまない。
文/小佐野匠 内外タイムス


