「赤紙」のイメージが変わる現代…終戦から81年、いまも語り継がれる一枚のチラシと知られざる実態
8月15日の「終戦の日」、一部地域では市民団体が「赤紙」を模したチラシを配っていたことが話題となった。
終戦後、平成に入ってからは一部地域では市民団体のボランティアが「一枚の紙で理不尽に命を落とした現実を知ってもらいたい」「多くの若者が平和について考えてもらえれば」とし、赤紙をイメージしたチラシを配り反戦を訴える活動を長年続けている。
高市首相、終戦記念日の「靖国参拝」見送り…SNSには支持する保守層から失望の声
厳格な手続きを経て本人に届けられた“召集令状”
赤紙は、第二次世界大戦中に日本陸軍が発行した「臨時召集令状」の俗称であり、用紙が赤色ないしは朱色で作られたことから「赤紙」と呼ばれている。
赤紙は見た目のインパクト、絶対に断ることのできない軍からの命令書という側面から、「人の命を軽く扱った書類」ないしは「死の象徴」と見られることも多い。
もっとも、既に終戦から80年以上が経過しているため赤紙=臨時召集令状がどのようなものか知らない人も多いようだ。
臨時召集令状は本来、徴兵検査によって現役兵にならなかった人(虚弱体質や低身長、視力低下など理由は様々ある)、民間企業などで働くため軍を離れた元兵士などに召集をかけた令状である。
テレビドラマや映画などでは「赤紙が郵便ポストに入っている」というシーンも一部存在するが、実際は赤紙が郵送されることはなく、役場の係から直接本人に届けられる。
当然、無造作に渡されるものではなく、きちんとした手続きを踏んだうえで発行される書類であるため、徴兵される側も粛々と受け取ることが礼儀とされている。
なお、赤紙は断ることができないため「山へ逃げる」「仮病を使う」などの「徴兵忌避」は当人だけの問題ではなく、家族や住んでいる村への食料の配給停止などの処分が下されることがあった。
終戦から81年が経過し、「人の命を軽く扱う象徴」のイメージのみで語られることの多い赤紙であるが、実際はかなり厳格な書類であったことは忘れてはならない。






