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中国の人身売買(第2回)ベールに包まれたブローカーの正体…仲介料わずか2万円で子どもをさらう「梅姨」

この連載では中国における人身売買の実態を解説している。今では街じゅうに設置された防犯カメラによって治安は改善しているものの、ほんの十数年前までは女性や子どもが路上で連れ去られ、売買されることは普通に起こりうる出来事だった。

前回の記事で紹介した、26年後に救出された女性は、まさにその典型例だ。

中国の人身売買(第1回)失踪女性が26年後に救出…「独身男たちが性行為、連れてきた老人が金を受け取っていた」

今回の記事で光を当てるのは2026年3月に逮捕された「梅姨(梅おばさん)」だ。彼女は誘拐グループの大物フィクサーとされ、2003年から犯行に手を染め、指名手配を受けてからも10年ものあいだ、逃亡生活を送ってきた。

しかし、逮捕されたのはどこにでもいる普通の老女だった。彼女は人身売買グループと買い手をつなぐ仲介人にすぎず、子ども1人を売り飛ばして得ていた金はわずか1000元(約2万円)。それだけのために各地を逃げ回る生活を送っていたのだ。

今回は梅姨が逮捕に至った経緯から、中国の人身売買の深層をお伝えする。

「亡霊」と呼ばれた「梅姨」

2026年3月21日、広州警察は連続児童誘拐・人身売買事件の重要な容疑者である謝(シエ)を身柄拘束したと発表した。

彼女こそ、中国で長らく語り継がれてきた「梅姨」その人である。中国では「梅姨」にまつわる数々のうわさが飛び交っていた。

「100名以上の子どもを売り飛ばした」と言う者もいれば、「すでに国外へ高飛びした」と言う者もいた。さらに「主犯が罪を逃れ、裁判を引き延ばすためにでっち上げた架空の人物に過ぎない」という声まであった。

「梅姨」がこれほど神秘的なベールに包まれていたのは、長年にわたり警察も彼女の情報を把握できていなかったからだ。

「梅姨」にまつわる事件は、2005年に発生した「申聡(シェン・ツォン)ちゃん事件」までさかのぼる。その年の1月、人身売買グループが広州にあった申さん宅へ押し入った。そして白昼堂々、母親を縛り上げ、当時わずか1歳だった申聡ちゃんを誘拐したのである。

11年後の2016年3月、警察は人身売買グループ4人を相次いで拘束。一味の供述によると、申聡ちゃんだけでなく、2003年から2005年の間に8人の男児を誘拐・売買していたという。

連れ去られた子どもたちの行方について、主犯は「自分も知らない」と供述した。さらった子どもは、「梅姨」と呼ばれる女を通じ買い手を探していたというのだ。

捜査線上に「梅姨」という名前が浮上したのは、これが初めてだった。

お見合いの世話人を装い、子どもの買い手を用立て

主犯が「子どもの行き先を知っているのは彼女だけ」と主張したため、「梅姨」は事件の解明に欠かせない重要人物となった。しかし情報も写真も一切なかったため、彼女はまるで亡霊のような存在だった。

その後、警察は「梅姨」の公開指名手配に踏み切り、主犯の供述によって得られた似顔絵を公開、情報提供を呼び掛けた。しかし「梅姨」の行方は一向につかめなかった。

2020年3月、誘拐事件のあった15年後に申聡が見つかり、家族との再会を果たした。そして2024年10月までに、連れ去られた9人の子ども全員の身元が確認され、保護された。これにより、残された謎は「梅姨」だけとなった。

2025年、特別捜査班は「梅姨」の特徴と酷似する女性を特定。2026年3月21日、広州警察は「梅姨」の身柄を拘束したことを発表した。

ここに、中国の人身売買を代表する事件は、ついに結末へとたどり着いたのである。大多数の中国人の予想を裏切ったのは、逮捕された「梅姨」がごく平凡な容姿で、裏社会を牛耳るような大物ではなかったことだ。

警察の包囲網をこれほど長くすり抜けられたのは、特別な手口を持っていたからではなく、むしろ逆だった。「あまりに普通すぎた」のだ。

逮捕時、彼女は広州市の城中村という、出稼ぎ労働者が集まる地区で暮らしていた。普段は段ボールや廃品を拾って換金し、夕方には屋台で果物を売っていた。

「梅姨」は指名手配される前、表向きはお見合いの世話人を装っていたが、実際には街中を歩き回り、人身売買グループに子どもの買い手を用立てていた。人身売買の実行犯は、ターゲットとする家庭の近くに部屋を借りて顔見知りになり、子どもをあやしたりお菓子をあげたりして、隙を見て連れ去った。

指名手配をされて逃亡生活を送った間も、彼女は身分証を提示せず、住居を転々と変え、偽名を使い分けるといった、極めて原始的な手段で市井の片隅に溶け込んでいただけだった。人身売買グループの主犯の供述によれば「梅姨」が1件の売買で受け取っていた仲介料はわずか1000元。

「普通の犯罪」だった人身売買

「梅姨」は、犯罪組織を率いる怪物でも、巧妙な手口を持つ凶悪犯でもなかった。街の片隅で廃品を拾い、果物を売りながら暮らす、ごく普通の老女だった。

だからこそ、この事件は中国の人身売買を考えるうえで、重要な意味を持っている。

中国での人身売買は、誘拐する者、買い手を探す者、そして子どもを買う者。さまざまな人間が、それぞれの事情を抱えながら犯罪のネットワークを形成していた。

では、なぜ当時の中国では、こうした人身売買がこれほど広がる余地があったのか。最終回となる次回は、「梅姨」の事件を一つの入口として、かつて中国社会で人身売買が身近な犯罪として存在していた背景をたどっていく。

文/下川英馬 内外タイムス

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