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2027年中に東京で無人タクシー ライドシェアに反対した「タクシー王子」が自動運転を推進した背景

タクシー配車アプリ「GO」、米Alphabet傘下のWaymo、日本交通の3社が、2027年中に東京で無人の自動運転タクシーを商用化すると15日、発表した。

Waymoは米国の14都市で、運転手のいないタクシーをすでに営業している会社である。東京では段階的に100台規模まで増やし、利用者はGOかWaymoのアプリで車を呼ぶ。運転席に誰も座っていないタクシーが、東京の道を普通に走るようになる。

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このニュースで、自動運転の技術と同じくらい名前が出た人物がいる。日本交通の取締役で、GOの会長で、全国ハイヤー・タクシー連合会の会長でもある川鍋一朗氏だ。日本交通の創業家3代目で、「タクシー王子」と呼ばれることもある。ライドシェアをめぐる議論では、タクシー業界を代表して発言してきた人物である。

ライドシェアに反対してきた業界の代表が、自動運転は自ら連れてくる。手のひらを返したように見える。

ただ、この記事で書きたいのは川鍋氏が一貫しているかどうかではない。ライドシェアの議論の中で作られた「安全のための規制」と「タクシー会社を守るための規制」の線引きを、自動運転の時代にどこへ引き直すかという話である。

タクシー会社の下に置かれた日本のライドシェア

日本でUberのようなライドシェアが長く認められなかった理由を「タクシー業界が既得権益を守ったから」の一言で片付けると、話を単純にしすぎる。

日本では1951年の道路運送法以来、自家用車で料金を取って客を運ぶ「白タク」が原則として禁止されてきた。

事故が起きたとき誰が責任を負うのか。車の整備は誰が見るのか。乗客の安全は誰が引き受けるのか。その答えをタクシー会社に負わせる形で、客を運ぶ仕事の安全を制度にしてきた。

全国ハイヤー・タクシー連合会がライドシェアに反対してきた理由も「運転手の仕事を守りたい」だけではない。

Uber型のサービスでは、アプリが運転手と客をつなぐ一方で、運行と整備の最終責任を誰が負うのかがはっきりしない。業界側の主張ではあるが、責任者を決めておく必要そのものまで「利権」とは呼べない。

ところが、この安全の仕組みは同時に、「タクシー会社でなければ客を運べない」という市場の入口を守り続けてきた。

2024年に始まった日本版ライドシェアが、その形をよく表している。一般の運転手が自家用車で客を運べるようにはなった。

ただし、運転手はタクシー会社の下で働き、走れる地域と時間帯と台数は、タクシーが足りないと国が認めた範囲に限られる。運行管理も車の整備の責任も、タクシー会社が負う。ライドシェアを入れながら、客を運ぶ主体はタクシー会社から動かさなかった。

安全の責任を誰かに負わせる仕組みと、タクシー会社を市場の入口に置く仕組みが、日本ではほぼ一体のまま来た。ここが日本のライドシェア政策の特徴である。

安全のための規制か、競争から守るための規制か

Uberが海外で作ったのは、タクシーを呼ぶアプリではない。自家用車を持つ個人と客をアプリでつなぎ、タクシー会社を通さずに客を運ぶ商売の形だった。

日本が警戒したのはここである。海外の巨大なプラットフォームが日本の交通市場に入り、タクシー会社を飛ばして運転手と客を直接つなげば、長年かけてできた業界の形そのものが変わる。タクシー会社の側から見れば、反対するのは損得勘定として当然だった。

同時に、政治と規制を通じて新規参入を抑えられるという前例を作ったことも否定できない。

業界団体が政治家に要望を出すこと自体は、どの業界でもやっている。

問題は、その要望が「安全を守るための規制」なのか「既存の会社を競争から守るための規制」なのかが、途中で見分けにくくなることだ。ライドシェアをめぐる日本の議論では、まさにそこが曖昧だった。

川鍋氏について「政商」という言葉が出てくる背景もここにある。もっとも、政界に親族がいることや政治家と付き合いがあることと、それを使って政策を動かしたことは別の話だ。後者を裏付ける事実がない以上、川鍋氏個人を政商と決めつけるべきではない。

批評すべきは血縁ではなく、仕組みのほうである。タクシーという規制産業があり、業界団体が政治に働きかけ、政治の側にもタクシー業界と近い議員連盟がある。

その中で、既存の会社の代表者が規制の議論に大きな発言力を持つ。この配置そのものが、「政商」という言葉を呼び込む。

企業が政治に働きかけることは、民主主義の国では当たり前の行為だ。しかし、その結果として競争相手が市場に入りにくい状態が続くなら、それは政策提言とは別の何かになる。

「政治に近い業界ほど規制で競争相手を抑えられる」という前例になれば、タクシー業界だけの話では済まない。

黒船を追い返したのではなく港を押さえた

タクシー業界の側からは、別の説明もできる。もし日本がUber型のライドシェアを全面的に認めていたら、日本のタクシー市場は海外の巨大プラットフォームに一気に持っていかれていたかもしれない。

Uberには巨額の資本と世界規模の仕組みがある。日本のタクシー会社が同じ条件で戦えたとは限らない。黒船を警戒したことにも理屈はある。

実際、Uberは日本から撤退していない。いまはタクシー会社と組む配車サービスとして日本に定着した。中国系のDiDiも、日本ではタクシー配車として展開している。

そして今度はWaymoだ。

そのWaymoが、東京では日本交通とGOと組む。GOがタクシー会社との連携の窓口になり、Waymoの技術を日本のタクシー産業に組み込む。日本交通が運行管理を担い、Waymoが自動運転の技術を出す。

日本は海外企業を締め出したわけではない。海外企業が入ってくるときの港を、日本のタクシー業界の側に残したのである。

「黒船から市場を守った」と見ることもできる。逆から見れば、「黒船が入ってくる港を既存の業界が握った」とも言える。この二つは同時に成り立つ。

一貫している川鍋氏の立場

川鍋氏は2023年8月、米国でWaymoの自動運転車に何度も乗り、その技術を体験している。同じ時期、日本ではライドシェアの議論が動き始め、タクシー業界は反対の姿勢を強めていた。

「ライドシェアには反対したのに、自動運転は歓迎するのか」と感じる人がいても不思議はない。しかし制度の側から見ると、矛盾はそれほど大きくない。業界が問題にしてきたのは運転手の腕ではなく、事故や整備の最終責任を誰が負うかだった。

ライドシェアで問題になったのは、タクシー会社ではない事業者が客を運ぶ主体になることだった。自動運転では、運転する人間がいなくなっても、客を運ぶ主体をタクシー会社に置いたままにできる。

Waymoが技術を出し、日本交通がタクシー会社として運行を担い、GOが配車アプリになる。新しい技術は受け入れる。市場の入口はタクシー業界が握る。

この意味で、川鍋氏の立場はむしろ一貫している。ライドシェアを否定して自動運転を受け入れたのではない。「新しい技術は取り込むが、客を運ぶ責任者はタクシー会社である」という考えを、二度とも通したのである。

問題は、その仕組みをこの先も続ける必要があるかどうかだ。

今よりはるかに大きくなり得るタクシー市場

自動運転は、タクシー業界にとって単なる新技術ではない。運転手不足という問題の形を変える。

地方では、タクシー会社があっても運転手がいない。車があっても動かせない。バス路線が減り、地元のタクシー会社が会社を畳んだ町では、免許を返した高齢者が病院にも駅にも行けなくなる。

移動の手段そのものが消えた地域は、すでにある。運転手なしで走る車ができれば、それが地域の足になる。

国土交通省も、自動運転を交通の空白と運転手不足への手当てと位置づけ、2030年度までにバス、タクシー、物流を含めて1万台の自動運転サービス車両を走らせる目標を掲げている。東京のWaymoは、その計画の一部にあたる。

だから、自動運転を「タクシーの新しい形」とだけ捉えると見誤る。

ライドシェアは、運転する人間を増やして移動手段を増やそうとした。自動運転は、人間がいなくても動く交通網を作る技術である。これまで採算が合わなかった地域でも車を走らせ続けられる。その市場は、今のタクシー市場よりはるかに大きくなり得る。

その新しい市場まで、今のタクシー利権の中に閉じ込めるかどうかは、今のうちに考えておく必要がある。

タクシー会社以外の参入と料金値下げの可能性は

自動運転車にも安全の基準は要る。事故のときの責任、保険、遠隔監視、車の整備、データの管理。従来のタクシーとは違うルールも必要になる。

自動運転では、車内の運転手の代わりに、遠くから複数の車を同時に見守る係が置かれる。整備も事故対応も、その会社が引き受ける。

ただし、「それらを誰が担うのか」と、「タクシー会社でなければ自動運転車で客を運べない」は、本来は別の話である。安全のための規制は要る。既存の会社を守るための参入規制まで、そのまま自動運転の時代に持ち込む必要はない。

自動車メーカーが自動運転タクシーを運営してもいい。IT企業が参入してもいい。海外の自動運転企業が、日本企業と組まずに入ってくる道があってもいい。

安全基準と事故責任の条件を満たすことは前提だが、参入の条件を「タクシー会社であること」ではなく「安全に客を運べること」に置き換える考え方はあり得る。そうなれば、GOも日本交通もWaymoも、自動車メーカーもスタートアップも、同じルールの下で競争する。

もう一つが料金である。タクシーの費用の大半は運転手の人件費だといわれる。運転手がいなくなれば、そこが大きく下がる。それで自動運転タクシーが安くなるかどうかは、まだ誰も約束していない。

実際、米国の配車比較アプリObiの2025年の調査では、Waymoの平均運賃はUberやLyftより高かった。運転手がいなくても、安くなるとは限らない。

浮いた分を、技術を出すWaymoが取るのか、配車アプリのGOが取るのか、日本交通のようなタクシー会社が取るのか、それとも値下げとして利用者に返るのか。

自動運転は「運転手がいらなくなる」だけの話ではない。タクシーという産業の費用ともうけの配り方を、作り替える。

政府が自動運転を後押しするなら、「何台走らせるか」だけでなく、「誰に市場を開くか」まで決める必要がある。

港を一つに絞る必要はない

Waymoと日本交通とGOの提携は、海外の自動運転技術を日本で実用化するという意味で大きな一歩である。

ただ、ライドシェアの議論をたどってきた目で見ると、同じ形がもう一度できつつあることに気づく。海外のプラットフォームを警戒するあまり、客を運ぶ入口をタクシー会社に残した。

その結果、UberもWaymoも、日本ではタクシー業界と組んで入ってくる。日本企業が主導権を保つ一つのやり方ではあった。同時に、新しい技術や事業者が既存の業界を通さなければ参入しにくい形を、そのまま残した。

川鍋氏がWaymoを連れてきたことは、ライドシェアに反対した過去との矛盾ではない。タクシー会社を中心に据えて新しい技術を取り込むという点で、一貫している。

ただし、その形がそのまま自動運転時代の標準になれば、タクシーの既得権益が自動運転の既得権益に名前を変えるだけで終わる。

黒船を追い返す必要はない。黒船を一つの港からしか入れない制度を作る必要もない。

2027年に東京を走り始める無人タクシーが、閉じた市場をそのまま未来へ運ぶ車になるのか、新しい競争を始める車になるのか。問われているのは、自動運転の技術だけではない。その技術を迎える日本の市場を、どこまで開くかである。

文/佐藤崇 内外タイムス

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