月刊ダ・ヴィンチなどが相次ぎ休刊 雑誌の「紙からネット」で社会が失うものは
有名な雑誌の休刊・デジタル化が相次いでいる。「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)は2026年11月号で休刊することが決定した。「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社)は2027年4月から紙での発行を終了して「完全デジタル化」する。映画雑誌「MOVIE STAR」(インロック)も2026年8月号をもって、30年以上の歴史に幕を閉じている。
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出版科学研究所の「雑誌販売金額推移」によると、雑誌の販売額は1997年にピークだった1兆5644億円から失速し、2024年は4119億円まで縮小した。雑誌の広告収入も厳しさを増しており、電通の「日本の広告費」によると、2010年の雑誌の広告費は2733億円、2025年は1135億円。15年間で6割近く減少したことになる。
出版物は印刷費や輸送費などのコスト負担が重く、需要の減少で採算性の維持が困難になっている。中長期的には様々な出版社が出す雑誌の休刊、もしくは廃刊が続きそうだ。
インターネットの登場によって、情報は「民主化」された。個人が欲しい情報を取りに行けるようになったことで、雑誌は時代に取り残され、斜陽化したと見るのは簡単だ。しかし、雑誌が持っていた情報を立体的、俯瞰(ふかん)的に届けるという役割がなくなることは、社会全体にとって大きな損失になる可能性がある。
例えば、「MOVIE STAR」は主に旬のハリウッド俳優にスポットを当て、ロングインタビューで俳優の演技への向き合い方を知れた。ゴシップネタでプライベートの様子を垣間見ることができ、映画祭の華やかな様子から撮影時の裏話まで、あらゆる情報を網羅していた。
俳優を立体的に捉えることで、読者は人物の多面性を知る楽しさがあった。断片的なネット記事だけでは見えにくい人物像が浮かび上がるのだ。
「ダ・ヴィンチ」は純文学からライトノベルまで幅広く取り上げ、作家のライトなインタビューを載せることに強みがあった。同誌を通して、関心の低かった小説や作家に出会った人も多いはずだ。自分から検索するだけでは出会えなかった作品や作家へと、編集部が読者を導いていたのである。
「紙がネットに負けた」なのか
多くの雑誌はインターネットに主戦場を移しているが、これも難しい問題を抱えている。アクセス数、すなわち「PV(ページビュー)至上主義」になりかねないからだ。
SNSで注目を集めやすく、Webメディアで繰り返し扱われるテーマには傾向がある。「タワマン」「受験・学歴」「年収」「出世」「老後・年金」などが代表例だ。「ダ・ヴィンチ」であれば、まだ知られていない作家を発掘する企画や、過去の文学作品を現代の視点から読み直す特集は、短期的なPV競争では不利になりやすい。
インターネットからAIにユーザーの関心が移行し、雑誌の編集機能をAIが代替するという考えもあるかもしれない。だが、AIは問題点や懸念点を指摘することはできても、基本的には複数の観点を整理し、ユーザー自身の判断を助ける役割を担うだけだ。
雑誌にはそれぞれ編集方針がある。政治を例に出すと、リベラル系・保守系でそれぞれ別の角度から同じ政策を論じることが可能であり、読者はそれぞれの意見を比較できる。一方のAIは、情報を整理して地図を描くのは得意だが、方向性を指し示すものではない。雑誌は編集方針を明確化することで、羅針盤の役割も担っていたとも言える。
雑誌編集部では、ライターや編集者の主張も編集長やデスク、校閲など複数の人間を経て誌面に掲載される。個人がSNSやニュースレターなどで直接発信するようになれば、こうしたチェック機能が働きにくくなる。さらに、個人の知名度が収益に直結する環境では、注目を集めるために主張を先鋭化させるインセンティブも生まれかねない。
雑誌の休刊を「紙がインターネットに負けた」という単純なメディア交代として片付けるべきではないだろう。情報過多の時代だからこそ、無数の情報から重要なものを選んで関連づけ、ときには明確な価値観をもって読者に提示する編集機能の重要性はむしろ高まっている。
文/不破聡 内外タイムス






