沈没の敷設艇「燕」特定へ 艦長遺族ら、宮古島沖で捜索開始 戦後81年の節目、遺骨収容願う
太平洋戦争末期に米軍機の攻撃を受け、宮古島沖に沈没した日本海軍の敷設艇「燕(つばめ)」の船体特定と遺骨収容を目指す調査チームが1日、市働く女性の家「ゆいみなぁ」で会見し、同日実施した潜水調査の結果を報告した。吉田武雄艦長の長男・進さん(84)の依頼を受けた水中探検家らが、狩俣と伊良部島の間の海域を捜索。発見には至らなかったが、9日までの滞在期間中、天候を見ながら調査を継続する。

敷設艇「燕」は1945年3月1日、米軍戦闘機の襲撃を受けて沈没。吉田艦長以下70数名が戦死したとされる。戦後81年が経過したこの日、進さんは午後5時過ぎ、撃沈された時刻に合わせて現場海域を望む高台を子ども3人と共に訪れ、静かに手を合わせた。
調査は、山口県・長生炭鉱の遺骨収集にも携わる水中探検家の伊左治佳孝さんと、県内で活動する内田雄大さんがバディを組み実施。平良港から船で15分ほどのポイントで、水深48メートル付近を約1時間捜索した。魚群探知機では人工物とみられる反応が確認されているが、当日は潮待ちや視界不良の影響もあり、船体の確認には至らなかった。
伊左治さんは「潜ることで喜んでくれる人がいることに価値を感じる。ポイントを捉えるのは時間の問題。期限内で見つからずとも、今後も柔軟に取り組みたい」と意欲を示した。
依頼主の進さんは「簡単にはいかないだろうが、プロの力を借りられることに感謝している。何か見つかってほしい」と切実な思いを語った。
現在、同チームは調査費用の協力をクラウドファンディング(For Good)で呼び掛けている。目標額100万円に対し、3月8日の期限を前に約40万円が集まっている。


