不発弾の記憶 次代へ 戦後80年特別シンポジウム

 【那覇支局】戦後80年を迎えた現在も、沖縄には多くの不発弾が残り、県民生活の中に危険が潜み続けている。こうした現状を共有し、沖縄戦の教訓を将来世代にどう生かすかを考えようと、特別シンポジウム「不発弾がなくなるその日まで」が20日、那覇市泉崎の琉球新報ホールで開かれた。行政関係者や事故経験者、研究者、報道関係者が登壇し、不発弾問題の現状や課題、記憶の継承について意見を交わした。
 シンポジウムは、県内に今なお残る不発弾の危険性を再確認し、問題解決に向けた意識共有と平和学習につなげることを目的に開催された。
 主催者あいさつで県の池田竹州副知事は「戦後80年を経た今も不発弾は日常の中に潜む危険として県民の暮らしを脅かしている」と指摘。今年度に発生した不発弾保管庫での破裂事故や、糸満市での小規模爆発事案に触れ、「安全な地域づくりと記憶の継承を進める契機にしたい」と述べた。
 第1部では、県危機管理課の古堅課長が県内の不発弾残存状況と対策を説明し、「最も大事なのは戦争を起こさないことだが、現実として残る不発弾がなくなるまで取り組みを続ける」と語り、県文化協会の園原謙事務局長が、カンボジアの平和博物館支援事業を例に、戦争の記憶を人材育成で継承する意義を紹介した。
 不発弾事故経験者の名嘉地義昭さんは、少年時代に機銃弾に触れ爆発事故で指を失った体験を語り、「不発弾がなくならない限り戦争は終わっていない」と訴えた。名嘉地さんへの聞き取りは、琉球新報社の玉城江梨子記者が公開取材の形で行った。
 第2部のパネルディスカッションには、名嘉地さんのほか、宇良一成氏(NPO法人「沖縄の不発弾等を考える会」・理事長)、聖マタイ幼稚園不発弾爆発事故関係者の田島勝さん、玉城記者らが不発弾処理の課題や事故の教訓、歴史的知見を社会でどう共有するかについて意見が交わされた。
 参加者は、不発弾問題を過去の出来事とせず、平和を守るための現在進行形の課題として学び続ける重要性を確認した。

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