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田岡家の“番頭”・名越美詞インタビュー(後編)ベラミ事件、病室で一点を見つめていた山健さん

勢いに乗る三代目山口組に激震が襲う。1978年、田岡一雄組長が京都のナイトクラブ「ベラミ」で敵対する組織の組員に襲撃される。名越氏が病院に駆けつけると、そこには山口組若頭の山本健一組長がいた。その後、山本組長の指揮のもと、山健組などを中心にし烈な報復攻撃が開始される。日本全国を巻き込む抗争へと発展していった。

田岡家の“番頭”・名越美詞インタビュー(前編)三代目組長の息子秘書が見た山口組 「火がついたらとことん行く」 から続く

――1978年に田岡組長が狙撃された京都のベラミ事件の時は?

名越 その日の朝、本家(総本部)に行くと、ちょうど親分(田岡組長)が出てくるところで、「今から東映に行ってくる」って周りから聞かされてね。当時、太秦の東映京都撮影所でボヤがあって、田岡さんと幹部が京都に火事見舞いに行ったんです。だからあの日のことはすごく印象に残っていますね。事件の一報を聞いたのは、飯を食いながら酒を飲んでいたときでした。

店のマスターが「名越さん、大変なことになった」って。本家に電話して事情を聞くと、「今ちょうど京都から労災病院に向かっているところ」ということで、急いで関西労災病院まで行きました。すでに病院の周りをマスコミが取り囲んでいて、その輪の外に警察がいて、さらにその外側を組の人たちが取り囲んでいた。

なかなか病院の中に入れなくて、「すみません、身内が入院して見舞いに来たんでちょっと入れてください」とうそを言って、ようやく病院に入れた。

――病院内の様子は?

名越 山健(山本健一組長)さんが部屋の隅の方でポツンと一人、一言も言葉を発せず、一点をじーっと見ているんです。パジャマ姿だったので、飛んできたんでしょうね。あのときの山健さんの心情は計り知れない。そこから、抗争に入っていくわけですよ。

もちろん僕らは内容を一切知りませんから、誰がどうのこうのじゃないけれど、みんな怒りを心の内に閉じ込めているように見えました。「俺はやったるぞ」みたいなこと言う人間はいなかったですね。静かに「今に見てろ」って。そんな人たちばかりでした。

――暴対法(暴力団対策法)が92年に施行され、構成員が減少していきました。

名越 暴対法が効いているんでしょうね。今の時代の暴力団の困窮を如実に表していると思う。確かにね、暴力団がいることによって弊害はあるでしょう。でも、(暴力団が)いるおかげで平穏を保たれているところもあった。功罪合わせて僕はプラスマイナスゼロかなと思う。だって今ひどいでしょ。人間扱いじゃないですもんね。こんなこと言ったらまた警察に怒られるけど。

“イケイケ”のいてまえの人間は金も集まり出世する

――これまでを振り返って、田岡組長以外にも印象に残っている人は?

名越 すごいなぁと思ったのは矢嶋長次さん。満さんがある組に金を貸していたことがあって、2回ぐらい取り立てに行ったんです。もちろん僕はカタギですし、らちが明かない。わらをもつかむ思いで矢嶋さんに相談したんです。すると次の日に、矢嶋さんが1人でその組まで行って、貸していた金に利息を乗せて、1日で金を持って帰って来た。あれにはびっくりしましたね。

矢嶋さんとはゴルフに一緒に連れて行ってもらったりして、仲良くさせてもらいました。あの満さんにガンガンもの言えるのも矢嶋さんぐらいでしたね。「あんなことしたらあきません」とか、ちゃんと面と向かって。とてもいい男だったんですよ。レイバンのサングラスをかけてね。

――当時のさまざまなエピソードが今も語り継がれていますね。

名越 ヤクザっていうのは、良いヤクザと悪いヤクザがいると思う。悪いヤクザっていうのは、己のことしか考えていない。僕が良いヤクザだと思う人はみんな、人を見抜く力がありましたよ。みなさんもう亡くなって、3代目の肉声を知っている人もカタギでは少ないんじゃないですか。もう僕とか何人かしかいないと思うんですよ。寂しいけれど、これも時代の流れですよね。

――多くの組員を見てきて、出世する人間に共通することは何かありますか?

名越 はたから見ていて、守りより攻める“イケイケ”の人間が上に行きますね。意見が衝突した時に、「そんなもん関係ない。いてまえ、いてまえ」の意見が必ず通る世界なんです。最後まで貫いたやつはある程度出世していますね。そういう人間には金も寄ってきますから。これはカタギの僕らの世界には役立たない鉄則だと思いますが。

――自身が組員になろうと思ったことは?

名越 なかったですね。いきなり三代目を知ったからだと思います。神の境地の人を目の当たりにしたので、自分が足を踏み入れる余地はない世界だと感じたんです。ヤクザの世界も全国組織で親分の上にさらに親分がいるわけですよ。最初に見た人が親分の頂点、その人でしょ。ただ、親分も数多く見てきたから「この人はこんなもんか」と所作でだいたい分かるんです。だから、僕にヤクザのプロデュースをさせたら出世させられると思う。今の時代は難しいかもしれないけど。

《プロフィール》
名越美詞(なこし・よしつぐ)1944年生まれ。神奈川県平塚市出身。中学卒業後、大手電線メーカーに就職。港湾運送事業会社、芸能プロダクションを経て、三代目山口組・田岡一雄組長の長男、満氏の秘書として約10年間務める。

内外タイムス公式YouTubeより

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