台湾で話される「台湾語」が消滅の危機 「中国と同じ言語使いたくない」中国語忌避で復活運動広がる
「子どもに教えるために家族ではなるべく台湾語で会話するようにしているんです」(台湾人夫婦)
台湾で今、「台湾語」の話者が減っており存続の危機、というと不思議に思われるかもしれない。
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現在の台湾では、公用語は中国語であり(厳密には中国語の一方言であるが、独立意識の高まりから、台湾華語と呼ぶことが多い)、台湾語は、蒋介石が中国から逃れてくる前に話されていたかつての母語だ。
台湾人の祖先が、大陸の福建省から台湾南部に移住し、彼らが話していたみん南語がルーツで、現役世代からすれば、おじいちゃん、おばあちゃんが話していた言語だ。
ある若者はこう言う。
「私たちが使っていかないとあと10年もすれば、台湾語は消えてしまう」
「中国と同じ言語を使いたくない」
と主張する若者もいる。
87年に戒厳令が解かれるまで、台湾語は迫害されていた歴史を持つ。国民党が中国文化ではない、台湾オリジナルのアイデンティティを嫌ったからだ。
そんな危機意識はカルチャーにも波及している。台湾語のみで歌詞を書くロックバンドが多数結成されて、人気を博しているのだ。拍謝少年(Sorry Youth)、茄子蛋(EggPlantEgg)などがその代表格だ。
日本ではいまだに音楽に政治を持ち込むべきか論争が繰り広げられているが、台湾ではとっくに、しかも自然に音楽に政治的な主張が持ち込まれている。
拍謝少年のギター担当、ウェニーはこう言う。
「僕らが小さいころは、学校で台湾語の教育は受けていませんでした。今は民進党の政策で台湾語の授業(「本土言語」)があります。言語はいろんな意味が含まれていて、文化・歴史・民族を形成する元になってきた。単純にコミュニケーションがとれる・とれないというよりは、民族の文化的ルーツがなくなることが心配です」
文化もさることながら、言語が変われば思考様式も変わる。これは、押し付けられた中国語から母語を取り戻すささやかな抵抗運動なのである。
文/神田桂一 内外タイムス






