高市首相の「経歴詐称疑惑」がSNSで再燃 今度は「国家公務員上級試験」
高市早苗首相が経歴に挙げていた「米連邦議会立法調査官(コングレッショナル・フェロー)」に関する疑惑は収束したように見えるが、また別の経歴詐称疑惑がSNSで出てきた。
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Webマーケティングコンサルタント永江一石氏のX(旧Twitter)投稿によれば、高市首相の著書「アズ・ア・タックスペイヤー――政治家よ、こちらに顔を向けなさい」(1989年、P40~41)には、上級国家公務員に合格したものの、それを蹴って松下政経塾に行ったとの記述があるが、それは虚偽ではないのかという指摘だ。
高市氏は1961年3月生まれ、神戸大学を1984年3月に卒業して同年4月に松下政経塾へ入っている。よって、1983年度(昭和58年度)前後の国家公務員採用上級試験の最終合格者官報を調べればはっきりするわけだが、そこに「高市早苗」はなかったという。なお、現在は官報ではなくインターネット上に受験番号で通知するシステムになっている。
経済学者の池田信夫氏もGPTとGrokとGeminiで確認したところ、やはり高市氏の名前を確認できなかったとして、Webサイト「アゴラ」で詳細に説明している。
「国家公務員上級甲種試験は、最終合格しただけでも採用が保証される制度ではありません。最終合格者が採用候補者名簿に載り、その後に各省庁から採用される仕組みでした。つまり、筆記合格 → 最終合格 → 官庁による採用、という少なくとも3段階があります。
最終合格発表は8月19日で、松下政経塾の合格発表は9月上旬なので、この段階では公務員試験に不合格だったことがわかっているはずです。『高級官僚への道を蹴って政経塾に入った』という記述とは矛盾します。もし高市氏が第1段階までしか行っていなかったのなら、『1984年4月から国家公務員になることになっていた』という1989年の本人の説明は経歴詐称の疑いが強い」
2025年12月4日付の「Webちくま」には「国家公務員になる予定で、筆記試験にも合格したものの、途中で気が変わって松下政経塾へ入塾した」という記述がある。つまり、これだと最終合格はしていなかったことになる。
高市首相の言う「試験に合格」は、筆記合格なのか最終合格なのか、国会や記者会見などで明らかにしたほうがよいのではないか。そして、Xには次のような批判的な投稿が並んでいる。
「こういう話を知ってしまうと…、慶應早稲田も合格したけれど親も反対していて授業料が高いので自力では無理だと思い奈良に帰ったという秀才エピソードのようなものは、やっぱり創作なんだろうなと思わずにはいられない」
「神戸大も松下政経塾も、なぜ“他のエリートコースを蹴ってまで選んだ”と真偽不明の逸話で飾り立てる必要があるのかと思います笑」
「1983年の国家公務員採用上級試験の最終合格者名簿。国立国会図書館で官報のマイクロフィルムやデジタル資料を閲覧可能とか。高市早苗の名を是非見てみたい。名簿に名前はないなら見たくても見られないけれど…」
経歴詐称疑惑と言えば、前伊東市長の田久保真紀氏が思い出されるが、テレビで連日報道されてついに失職した。テレビは追及する相手が総理大臣だと及び腰になってしまうメディアなのだろうか。
文/横山渉 内外タイムス






