米で200年ぶりの女性死刑執行が失敗 日本ではかつて執行後に蘇生し釈放されたケースも
米南部・テネシー州の刑務所当局は9月30日、殺人罪で死刑判決を受けたクリスタ・パイク死刑囚に対し薬物注射による刑執行を試みたが死に至らず、医療施設に搬送されるという前代未聞の事態が発生したことを明らかにした。
同死刑囚は1995年、18歳だった当時、交際相手の男と共に同級生の女性を拷問し、殺害したという。同州では約200年ぶりとなる女性への死刑執行になるはずだった。
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ロイターやAP通信によると、弁護団は立ち会った記者らが「執行担当者は致死薬の入った注射器2本分を全て投与したが、同死刑囚はなお生存し、いびきをかいている」と証言したため、執行中止を申し立てたという。さらに死刑囚があえぎ、痛みを訴え、脚を繰り返し蹴り上げていたとも証言。死刑囚は重体で救命措置を受けていると伝えている。
同州では5月にも男性死刑囚に同様の刑を執行したところ、規定通りの静脈が見つからず中止された事例が発生。男には1年の執行猶予が言い渡されたという。一連の事態を受け、同州のビル・リー知事は10月1日、年内全ての死刑執行を一時中止することを急きょ発表した。
死刑執行が失敗した例は日本でもある。1872(明治5)年の「石鐵県(現:愛媛県)死刑囚蘇生事件」だ。松山高石垣(現:松山市藤原町)の徒刑場で刑を執行された死刑囚が、徒刑場から1里(約4キロ)ほど棺桶で運ばれたところで、中からうめき声が聞こえたという。当時は「絞柱」という重石の力で首を絞める懸垂式の処刑器具で死刑が行われていた。
慌てた親族が蓋をあけたところ、死刑囚が蘇生。村人は県の聴訟課に蘇生の事実を届け出し、死刑囚の今後についての指示を仰いだ。だが、当時は死刑囚が生き返るという前例がなかったため「法定の死刑執行は終えているのだから、再度執行する理由がない」として釈放されたのだ。
事件を受け、翌1873年から死刑の方法が絞首刑の執行方法を定めた「絞罪器械図式」に変更された。この方法を定めた「太政官布告」は現在も法律と同一の効力を有し、2010年には当時の首相・菅直人氏により、「(現在の)各刑場の刑具・運用について絞罪器械図式と変わるところはない」との答弁書が閣議決定されている。なお、「絞罪器械図式」変更後に蘇生したという事例はないとされる。
今回のように薬物注射による刑執行はこれまでも失敗事例が後を絶たない。冒頭の事件では死刑囚の弁護団が彼女の減刑などを求めているという。






