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武豊と石橋守、松本好雄氏がつないだ「奇跡の縁」…メイショウタバル、凱旋門賞へ 

世界最高峰の凱旋門賞(G1、芝2400メートル、仏ロンシャン/日本時間10月4日23時5分発走予定)に、宝塚記念を連覇し心身ともにパワーアップしたメイショウタバル(牡5、栗東・石橋守厩舎)が挑む。人と馬が織りなす物語の結晶。今回の挑戦を前に、管理する石橋守調教師は「豊とのコンビでメイショウの馬で、生産者も三嶋牧場。奇跡のようだし感謝しかない」と胸の内を語った。すべての道は栄光につながっているのではないか。快挙に向け、いよいよカウントダウンが始まった。

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4歳春のドバイ遠征が変えた「意外性の馬」

メイショウタバルの競走生活における最大のターニングポイントは、4歳春の海外遠征にあった。国内で伸び悩んでいた時期、生前の松本好雄オーナーから相談をもちかけられた武豊騎手が返した言葉がこれだった。

「ワンターンのドバイターフに行ってみるのもいいんじゃないでしょうか」

この進言により、物語は大きく動き出す。石橋師にとっては調教師として「初の海外遠征」となった2025年のドバイターフ。結果は、日本のソウルラッシュと香港の英雄ロマンチックウォリアーが演じた激闘の陰に隠れながらも、果敢にハナを奪って逃げ粘り、5着と健闘した。石橋師は「その後に宝塚記念を勝つから結果論かもしれないが、競走馬として大きな経験になったのは間違いないね」と語る。

まさに「かわいい子には旅をさせよ」ではないが、空路輸送、不慣れな異国の環境、初のナイター競馬をクリアしたことで、心身ともにたくましくなった。

この馬との出会いそのものにも、競馬の神様が仕組んだかのような不思議なめぐり合わせがある。母のメイショウツバクロは、石橋師の競馬学校の一学年下にあたる松永幹夫厩舎所属。2013年1月、その新馬戦で手綱を執って見事にデビュー勝ちを飾ったのが、当時ジョッキーだった石橋守自身である。さらにその2カ月後、JRA通算473勝の記録を残してステッキを置く石橋にとって、現役最後の白星をもたらしたのも他ならぬツバクロだった。

母ツバクロから続く不思議な縁

現役を退いたツバクロは生まれ故郷の浦河・三嶋牧場へと戻り、繁殖牝馬となる。そして日高が生んだゴールドシップとの間に産み落とされたのがタバルだった。「この仔の上にノヴェリストとの間に生まれたメイショウメイスイがいてね。それと比べるとタバルは体が大きく出て、バランスも良かった」と石橋師は振り返る。

馬主である松本好雄氏は、通算2000勝以上を挙げ日本の馬産地を支え続けた大功労者だ。多くの調教師を世話し、馬の預託にあたっては常に人との「縁」を最優先にした。タバルが石橋厩舎へと導かれたのは、自然の流れだった。余談だが、ツバクロの祖母にあたるメイショウサチカゼもまた、1996年に武豊を背に小倉の新馬戦を勝ち上がっている。

「メイショウ」と石橋守、そして武豊。この三角形が交わる時、競馬ファンのだれもが2006年の2冠馬メイショウサムソンの記憶を呼び覚ます。2007年、サムソンが凱旋門賞へ挑戦することが決まった際、鞍上は石橋から武豊へとスイッチすることになった。勝負の世界、こうした局面ではしばしばわだかまりが生まれるものだ。しかし、松本オーナーの粋な計らいでオープンな酒席をセッティング。石橋は「凱旋門賞に行くなら豊がいい」と、自らの夢を盟友へ託し、エールを送った。

その後、馬インフルエンザの発生により、その年の遠征は自重を余儀なくされたが、天皇賞・秋を制して勲章を積み重ねた後、2008年に晴れてパリロンシャンの地へ。結果は10着。日本でテレビ画面を見つめていた石橋は「サムソンでもダメなのか」と世界の壁の厚さに唇をかんだ。だからこそ、今回の挑戦には特別な想いがある。

「そうそうたる馬がこれまではね返されてきた。それを打ち破るとすればすごいこと。一番は芝の違い。でも、タバルならこなしてくれるんじゃないか。そんな期待があるから連れて行くんです」

メイショウサムソンから18年、再び武豊とパリへ

先行力があって道悪を苦にしない。これは大きな武器になり得る。手綱を託される武豊にとって、凱旋門賞はまさに人生を懸けたライフワークだ。1994年、25歳の時にホワイトマズル(6着)で初挑戦を果たしてから今回で実に12度目の挑戦となる。

「凱旋門賞制覇は夢ではなく目標。ずっと勝ちたいという思いを抱いているレースなので今回またこうしてチャンスをもらい、うれしく、誇らしく思い、ワクワクしています。凱旋門賞は自身のモチベーションのひとつ」。30年以上の歳月、幾度跳ね返されてもレジェンドの胸にある熱情が消えることはない。

そんな2人は同じ栗東で育った2歳違いの幼なじみ。武豊はかつて石橋を「なんでも話せる兄のような存在」と評したように多くの言葉を必要としない。今回、あえて野暮を承知で「凱旋門賞のこと、これまでどこかで2人で何か話したことありますか?」と水を向けると石橋師は「そんな関係じゃないからね」と返し、それでも最後に「豊と一緒に凱旋門賞に挑戦できるのは、なによりもうれしい」と力強く結んでくれた。

ステイゴールド、ゴールドシップと受け継がれた血のロマンも興味深い。池江、須貝といった名門が紡いできた「チーム栗東」の歴史の集大成が、このメイショウタバルの血統には刻まれている。松永師も「回り回っていろんな要素が絡んでるね」と話す。

松本好雄氏の夢を継ぎ、いざ凱旋門賞へ

昨年、劇的な走りで宝塚記念を制した際、松本好雄オーナーは「今年は国内。来年は凱旋門賞に登録してもいいぞ」との言葉を残し、その後他界した。「その思いを託され、息子の好隆さんが引き継いでくれたからこそ、今回の挑戦がある」と石橋師は恩を感じている。

そんな指揮官はインタビュー中に「結果論」というフレーズを何度も口にした。それは勝負の最前線で生き、勝つことの難しさを骨の髄まで知る男のリアリズムだろう。「結果の出ない努力は努力と呼ばない」という言葉もある。しかし、そこへ至る人と馬のプロセスはどこまでも尊く、挑み続ける姿はさらに尊い。そしていま、決戦の地フランスでの最終調整を終え、人馬は最高の領域に達しつつある。

公式会見。動画で見た1週前の追い切りに物足りなさを感じたという指揮官は、日本とは異なり、現地での調教にあえて武豊を初めて乗せる決断を下した。「乗った瞬間、僕が見た限りでは馬がピリッとしたのでいい方向に向いているなと思った。先週よりかなり動けていたので追い切りはうまくいったと思う」

その意図をくんだ武豊も「石橋さんと話して『少しスイッチ入れていいよ』とのことだった。ギャロップに行く時、自分が思っているよりも戦闘モードに入っているなと感じたので、きょうは強く追うこともなく馬が走ってくれたというか。改めていい馬だなと思いましたし、動きもすごく良かった」と好感触を伝えている。

人がいて馬がいて、そしてまた人がいる。これは人と馬のチームワークを何より大切にしていた故松本好雄オーナーが残した言葉だ。目に見えない大きな力に導かれ、心身ともにパワーアップした「意外性の馬」メイショウタバルと熟練の武豊。このコンビなら、きっとあの高き壁を打ち破ってくれるはずだ。

文/山本智行 内外タイムス編集部

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