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宮古島のグスク時代について解説する久貝さん(左から2人目) =26日、市歴史文化資料館

「グスク時代」の発掘調査から宮古の歴史辿る 歴史文化資料館で講座 北・南からの文化波及 久貝さん解説

 宮古島市歴史文化資料館の歴史文化活用推進事業「発掘調査から見た宮古の歴史~グスク時代から沖縄戦まで」の文化講座が26日、同資料館で開かれた。市教育委員会文化財担当の久貝弥嗣さんが講師を務め、宮古島における「グスク時代」(11世紀後半~12世紀)の歴史展開と発掘資料について解説。久貝さんによると、無土器時代(南からの文化)からグスク時代に入ると、一転して北(沖縄本島や九州方面)からの影響を受けた文化が流入したとのこと。その根拠として、長崎県産の「滑石製石鍋」、徳之島産の「カムィヤキ」、中国産の「白磁玉縁碗」の3つの出土品を呈示。九州の博多商人を中心とする交易ルートが沖縄本島を経由して先島諸島へ一気に流入した様子を分かりやすく紐解いた。

 久貝さんは、宮古島のグスク時代は国内で大きな人の動きがあり、九州の博多商人を中心とする交易活動が沖縄本島を経由した中国への交易路に移行し、その一部が宮古・八重山諸島に及ぶようになったと説明。その根拠に滑石製石鍋などを示したほか、同時期の遺跡から確認されている建物跡の形態、埋蔵人骨の形質的な特徴などから11世紀後半から12世紀に宮古島に九州または沖縄本島の北からの文化の波及があったと考えられると述べた。
 滑石製石鍋は長崎県西彼杵半島産の滑石で作られた鍋で非常に高価であり、加工しやすく保温性に優れている特徴がある。一方、カムィヤキは徳之島で焼かれた硬質の陶器。白磁玉縁碗は口縁部が丸く膨らんだ中国産の白磁のお碗だと説明した。
 また、友利元島遺跡から出土した11世紀後半の人骨には、鎌倉時代以降の日本本土に見られる「出っ歯(歯槽性突顎)」の特徴的な形質が見られ、カムィヤキの小壺が出土していることからも北からの人や文化の移動が裏付けられている。
 
 13世紀後半から14世紀にかけては、中国の福建省沿岸部からの貿易ルートが活発化したと指摘。遺跡出土の中国産陶磁器の組成分析から、宮古や八重山諸島と沖縄諸島との違いもあり、当時は中国南部から台湾、先島諸島へと北上する南からの新たな交易路が形成され、文化の流入を促した実態が判明しているという。
 また、同時期には宮古島東部の険しい丘陵部へ石積みをもった遺跡が林立。代表的な遺跡として、高腰城跡、大浦多志城跡、オイオキバル遺跡などの遺構を挙げた。
 これらの石積みは未加工の石灰岩を積み上げた「野面積み」であり、丘陵上部を囲むように積まれていることが特徴。これらの石積みを有する遺跡からは15世紀前半以降の陶磁器が確認されないことから、15世紀前半には活動を終えていたとみられる。

 講座では年代順の解説が展開され、グスク時代における集落の変遷や沖縄本島(首里)との関係性に関する研究成果も紹介。14世紀以降の集落遺跡の発展とともに、首里王府と宮古島との歴史的関係についても言及した。
 このほか、「近世琉球~近代・沖縄戦時」では
 ▽乾隆36年の大波
 ▽今に残る自然災害の痕跡と文化財
 ▽宮古島市の水中遺跡
 ▽異国船の時代
 ▽旧西中共同製糖場跡
 ▽戦争遺跡
 ――など多角的な視点から宮古の歴史が紹介され、受講者らは熱心に耳を傾けていた。

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