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自ら“地獄”に向かった脱北者(前編)北朝鮮は「シカさえ逃げ出す国」、中国大陸を横断しラオスからタイ、そして韓国へ

韓国に3万4千人いる脱北者の中でも、キム・ガンウの人生は最も波乱に満ちたものだろう。2016年に脱北し、韓国に定着した。海外留学の夢まで実現するが、母親を見捨てることができず、ひそかに鴨緑江を越えて北朝鮮に入ったからだ。今年6月、その経験をまとめた著書「地獄は私を殺せなかった」(「本と生」刊、未邦訳)を出版し、大きな話題となった。キム・ガンウにソウルで会った。

1995年に、北朝鮮北東部の両江道恵山市で生まれ育ったキム・ガンウは、全校1位の成績を誇り、将来は従軍作家を夢見る優秀な少年だった。

しかし、その夢は一瞬にして打ち砕かれた。父親が政治犯の汚名を着せられて国家安全保衛部(秘密警察)に連行され、凄惨(せいさん)な拷問を受けた末に命を落としたからだ。

北朝鮮では「政治犯の家族」になったとたん、社会的身分(出身成分)を最下層へ落とされる。大学進学はもとより、軍入隊といった道もすべて閉ざされてしまう。

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「人間らしい生き方」への渇望

ガンウは、どれほど努力しても階級や賄賂がすべてを決定し、一生「貧困と抑圧の奴隷」として生きざるを得ない社会構造に強い幻滅感を抱いた。自分の価値が認められ、人間らしく生きられる世界へ行きたいと強く望むようになった。

出稼ぎで中国へ渡り、3カ月間木材伐採や果物摘みといった労働に従事した経験も影響した。

その時見たのは、緑豊かな原生林が広がっている中国の山だった。

一方、北朝鮮側の山には木が一本もなく、白く剥き出しになった悲惨なハゲ山だった。燃料として森林を無計画に伐採した結果だった。

中国の山中では、立派な野生のシカを見かけたこともある。

ガンウは、仲間から「北朝鮮の山は人民が木を切り尽くしたため食べ物がなくなってしまった。賢い動物たちも生きるために川を渡って、中国に引っ越してきたのだ」と聞かされる。

ガンウは、「動物でさえ生きるために祖国を捨てて中国へ渡るのに、なぜ北朝鮮の人民は体制の思想に縛られ、飢え死にしなければならないのか」と、北朝鮮の体制に強い疑問を抱くようになった。心の中で、韓国に行く計画がふくらんでいった。

成功して母親を救うという誓い

苦しい生活の中でも自分を育ててくれた母親をそのまま残しておくことはできず、「自分が先に自由な土地へ渡って成功し、必ず母親を呼び寄せて幸せにする」と固く誓って脱北の計画を立てた。

中国での出稼ぎ時代に出会った親友らとともに2016年5月、冷たい鴨緑江の激流へ足を踏み入れ、対岸の中国側へ渡った。

まずは中国側で野生の果物を収穫し、中国側の業者に売って資金を集めたが、中国の公安に拠点を急襲され、仲間はバラバラになった。

いったん河北省の海岸都市にあるキリスト教の訓練施設に身を隠し、北京を経由して中国大陸を横断、南部の拠点都市である昆明に到着した。

さらにラオスに入り、夜間に密林が茂る険しい山々を徒歩で踏破した。その後タイへ密入国し、首都バンコクの難民収容所に入って難民申請を行い、ついに韓国行きを許可された。

韓国の飛行機に乗って、仁川国際空港に降り立ったのは2016年10月6日のこと。約5カ月間の長い旅程だった。

しかし、彼の心の中には無謀とも思えるもう一つの計画がふくらんでいった。

(後編へ続く)

文/五味洋治 内外タイムス

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