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アジア大会競歩で金メダルの自衛官・勝木隼人に聞いた勝利の要因 味方につけた「審判の判定」

自衛隊にはオリンピックや世界選手権などの国際大会でメダル獲得の使命を負うアスリートがいることをご存じだろうか。

東京都練馬区と埼玉県朝霞・和光・新座市にまたがる陸上自衛隊朝霞駐屯地には「自衛隊体育学校」という機関がある。ここに所属する隊員は自衛官でもありながら、アスリートとして各種目の練習を日夜行い、国内・国際大会に出場している。

日本では32年ぶりの開催となった「アジア大会」。9月27日の日曜日、7時半から行われた男子マラソン競歩(42.195キロ)で見事、金メダルを獲得したのが勝木隼人(35)だ。自衛官としての呼び名は勝木隼人1等陸尉。文字通り陸上自衛官の尉官であることから自衛隊内の階級は幹部クラスに当たる。

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この日のレースは地上波での中継がなく、ネット配信サービス「U-NEXT」でのライブ配信のみだった。「競歩」自体がマイナー競技であることは否めないが、選手層の厚い日本は勝木が金、諏方元郁(愛知製鋼)が銅に輝いた。勝木は2018年ジャカルタ大会(50キロ競歩)に続くアジア大会2個目の金メダルとなり、今大会から初種目となった42.195キロ競歩としては初代王者となった。

勝木が所属する自衛隊体育学校は、いわゆる「国威発揚」の観点から、隊員たちは名の知れた大会でのメダル獲得や好成績をおさめることが至上命題となる。そのため選手には「結果」を出すための環境が整えられている。

勝木の所属する競歩班も元五輪・世界陸上のメダリストの指導者層をそろえ、練習するのに最適な起伏のあるコースやトレーニング場、ケアルームなど「身体のコンディションを整える環境が用意されている」という。勝木が競歩をやるために自衛隊体育学校を選んだのも、最高の環境の中で競歩に専念できるからだ。

「1日3~6時間歩き、ストレッチやトレーニングを含めると10時間ほどやる。今は体育学校に入校しており、通常の自衛隊員のような業務は行っていない。もし体育学校に入校できなくても、引き続き自衛隊員として勤務できる(体育学校に入校できる資格は成績によって1年ごとに更新・見直しがある)」

自衛隊という異色の環境のなか、日夜「競歩」に明け暮れる勝木本人に、今回話を聞くことができた。当日のレースの状況や金メダルを取った喜びの声、競歩にまつわるさまざまなことを語ってもらった。

王者として勝たなければいけない「アジア大会」

勝木は昨年9月に東京で行われた世界陸上でメダルを獲得した日本人2人のうちの1人(もう1人は女子競歩・銅メダルの藤井菜々子)だ。当時は「勝つとは思われていない状態でのレース。今回は勝って当たり前と思われた中でのレースだった」と振り返る。

アジア大会は文字通り、アジアNo.1を決める大会。「勝たなければいけない試合だった」からこそ、プレッシャーもあったが、喜びもひとしおだ。

「前回(2023年・中国)や前々回(2018年・インドネシア)に比べると得意な距離で、気象条件も良く戦いやすかった。自国開催のアジア大会で優勝でき、とてもうれしい。期待される中でのレースは、自分が勝ち続ける限りは続くと思うので、今回勝てたことは大きな自信になる」

ただ、一方でこんなことも口にした。「今大会は心身共に消耗するレースでした…」

どういうことなのか。レースを振り返ってみる。

完勝の裏で、探り探りだったレースプラン

レースはスタート直後から先頭をキープした勝木がそのまま他を寄せつけず完勝だった。31キロ手前で審判から2枚目の警告を受けた周應成(中国)がペースを落としたことで(3枚目の警告を受けるとペナルティゾーンで4分間の待機が課される)、終盤は勝木の一人旅。レースタイムは3時間3分36秒で勝木が圧勝し、3位の諏方は3時間8分57秒で表彰台は日本勢が大半を占めた。

内容だけ見ると、勝木の思い通りの展開と言える。ただ実は「当初のレースプランを変更せざるを得なかった」と本人はその時の状況を振り返る。

「当日の心肺機能などコンディションは万全でしたが、4日前に行われたハーフマラソン競歩の審判の判定の傾向を含め、作戦の変更をせざるを得なかった状況でした」

勝木が指摘したのが、レースの4日前(9月23日)の早朝に行われた「ハーフマラソン競歩(21.0975キロ)」でのこと。上位争いを演じた選手にレッドカードが続出し“荒れた”レース展開となった。金メダル候補だった山西利和(愛知製鋼)と吉川絢斗(富士通)の日本人選手2人がそろってレッドカードを受けたほか、金の石升吉(中国)と銅のチェ・ビョンカン(韓国)も警告を2枚もらった。山西は違反によるペナルティゾーンでの待機が響き、惜しくも銀に終わった。

ここで競歩の基本ルールを確認したい。競歩のルールはとても複雑に感じるが実はとてもシンプルだ。基本的には以下2つしかない。

①どちらかの足が常に地面についていなければならない(ロス・オブ・コンタクト)

②前に出した足が地面に着いてから垂直になるまで、ひざがまっすぐに伸びていないといけない(ベント・ニー)

審判員は主にこの2つのルールに選手が違反していないかを判定している。3人の審判員からレッドカードを出された選手は、直ちに決められたペナルティゾーンに入り、決められた時間内、その中に留まらなければならない。そのため選手にとっては致命的なロスとなる。つまり当日の審判の判定傾向によって、各選手のレース戦略も変わってくるとも言えるのだ。

実際に勝木自身、今回のレース結果について、審判による判定の影響が「95%ぐらい占めていた」と指摘する。勝木は当初、「マイペースに世界記録ペースで歩けば、誰も最後まで来られないだろう」というプラン想定だったが、結局レース当日も審判の判定傾向がつかめなかったため、「フォームが全く崩れる心配のないタイムで入り、その後は1キロにつき約1秒ずつペースを上げて審判員から違反を受けるペースを探った」という。

その後は他の選手に警告が出てきたところでペースを維持。周りの選手が徐々に離れ始めたところで、再びフォームが崩れる心配のないペースに落とし、「安全運転でいった」と打ち明けた。

「ここ最近のレースは違反を受けるはずがない動きでも違反を受けた選手が多数いた。選手としてこれで違反になるならどうしようもない。レースペースまでペースを上げられないという選手がほとんどだったと思います」

自衛官アスリートが見据える今後

審判の判定がここまでレースを左右してしまうのが「競歩」なのだろうか。一方で勝木はこうも語った。

「あくまで人が判定している以上、仕方のないことだと思う。むしろ審判が厳しいからとビビっているようでは世界記録なんか狙えるわけがないし、世界でも戦えない。誰からも違反していないと思われるフォームを求めていくだけ。『ちゃんと歩いているので、しっかり判定してください』という気持ちです!」

まさに世界の頂にいる自衛官アスリートらしい頼もしい言葉だ。

今や日本の競歩界をけん引する勝木だが、近年アジア新興国のレベルアップも目覚ましいと警鐘も鳴らす。

「日本のレベルは高いものの、かつての『強い中国』が帰ってきた気もする。インドも五輪メダリストのコーチが指導に当たるなどレベルが上がっている。韓国やインドネシア、フィリピンのほか、女子競歩ではカザフスタンも急速に存在感を高めてきている」

勝木自身の次の目標は明確だ。10月25日に山形県で行われる「第63回全日本競歩高畠大会」で世界記録を樹立すること。大会で基準を満たした選手には2027年に北京で開催される世界陸上の代表候補に選出される大事な大会となる。

「来年の北京世界陸上で金メダルを獲ります」

35歳にして衰えを知らない自衛官アスリート・勝木隼人。「競歩」そのものはマイナー競技かもしれないが、最近の国際大会では日本人選手の活躍が目覚ましい。彼の名前とともに、選手同士の駆け引きが目まぐるしい「競歩」の面白さについて、多くの人に注目してほしい。

文/寉見陽平 内外タイムス

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