【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第2回)スキャンダル後、暇なときに話がきた「義足プロジェクト」 政治によって境遇の有利、不利をなくしたい
大ベストセラーを生み出し、作家として大成功を収め、その後、スポーツライター、小学校の教員と破天荒な人生を突き進む。順風満帆に思えたが、2016年に不倫スキャンダルが報じられる。メディアから遠のいた時期にあるプロジェクトのオファーが持ちかけられる。一方で近年は国政選挙にも立候補している。政治で何を変えようと考えているのだろうか。
【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第1回)「五体不満足」の大ヒットでメンタル不調に スキャンダル報道後は「お前みたいな人間が言っても説得力がない」から続く
乙武 僕が最初に担任したのは3年生の23人のクラスでした。本来、2年生でマスターしているはずの九九がまだできていないという子もいれば、その隣の席の子は、休み時間になると司馬遼太郎の単行本を取り出して読みふけるという。この知的レベルの違いがある中、どんな授業をすればいいんだろうって、考えるのが大変でしたね。
福田 日本の教育って勉強できない子にレベルを合わせていきますね。
乙武 やっぱり公教育なので、できない子を生み出してはならないという使命感が強いんだと思います。下の子に合わせることが多いですし、そうすると塾で習っている子は授業がつまらなくてしょうがない。逆にその子に合わせたら下の子は全くついていけなくなっちゃう。すごく悩みましたね。
福田 AIを取り入れたら格差はなくなると言う人もいますが、モチベーションの問題ですからね。環境もあるし。
乙武 AIは上手に使えばいいと思っていて、レベル別の学習なんかはAIが個々にカスタマイズして、その子がどこにつまずいているのかを教えてくれる。例えば、計算とか漢字とか、そういった個人的なスキルの習得は、もうAIで個別にやったらいいと思いますね。逆にみんなで学ぶからこそ効果が出るものは一斉にやったらいい。使い分けていくのが得策かなって思います。
福田 先生って本当に忙しいとよく聞きますけど、何が忙しいんですか? 休みの日も出ているんでしょ?
乙武 率直に言うと、訴訟対策。
福田 予想外の原因。そうなんですか?
乙武 学校で何かの事故が起きる可能性はいつでもあります。以前は「けがなんてつきものですから」という社会でしたが、今は「学校の責任だ」と言って訴訟に発展するケースもあります。そうなった場合、学校としては責任を負いきれない。
万が一裁判になったときのために、行事ごとに「これはどういう教育目的のために計画されたもので、どういった準備を経て、どのように運営した」っていうのを、きちんと書類に残して、ハンコをもらっていかないといけないんです。
福田 準備が大変だ。
乙武 万が一、文字通り1万分の1の確率のために、日々、膨大な書類を作らなければならないのも忙しさの原因の一つです。ベテランの先生方は「僕らの頃の仕事は子どもと向き合う仕事だったけど、今の若い先生は書類と向き合うのが仕事になってかわいそうだ」って。
福田 悲しい。これだと社会全体が上手くいかない。
乙武 「これって本当に教員免許を持っている人がやる仕事なの?」っていう疑問も結構あるんですよ。どれだけ切り分けられるかが重要だと思っていて。例えば、学校のホームページの更新って別に教員が…。
福田 やる必要ないですよね。日本の学校って、児童・生徒に掃除させているのも僕はおかしいと思う。
「本当に大したことのない、あらもいっぱいある人間なんです」

乙武 行事の準備とかだって「俺らはイベント屋じゃねえぞ」と思うし。
福田 外注でいいですよね。
乙武 本当にそうなんですよ。実は一個の法律がネックになっていて。「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」という公立学校の教育に関する給与の法律というのがあるんです。公立学校の先生って、残業代がもらえないんですよ。
福田 サービス残業?
乙武 もともと給与に織り込まれていて。「月額の報酬に、プラス何パーセントは上乗せしておくね」って。
福田 みなしだ。
乙武 まさにみなしです。「その代わりいくら残業してもこの額でやってね」ってシステムなんです。だから、校長や教育委員会といったマネジメントする側は、いくら働かせても払う給料は変わらなくて。これ大問題なんですよ。
福田 それはきちんと税金を投入してやらないと。本来は残業を無くす方がいいんだけど。
乙武 まさに表裏一体で、そこにお金を払う仕組みにしたら残業は減るんですよ。
福田 次の質問。2016年にいろいろ報道※されて、心境の変化とか、世の中の見立てとか変わりましたか?
※2016年3月、週刊誌に複数の女性との不倫関係が報じられた
乙武 これに関しては感じたことがいくつもありました。まず一つは、人間は人のことを一面的にしか評価しない人が多いなということでした。つまり、五体不満足を出してからスキャンダルが起こるまで、乙武さんはとにかく真っ白、いい人。僕は「いやいや、そんなことないです、本当に大したことのない、あらもいっぱいある人間なんです」って言うと、「謙遜がスゴい」「へりくだって、ますます立派」って言われてしまう。
福田 苦しいですね、それは。
乙武 「社会がこうあってほしい」とか「社会の問題点がここにある」って昔から指摘していたことも、スキャンダル後は「お前みたいなだらしない人間が言っても説得力がない」と。
福田 腹立つなあ。
乙武 黒一色にしか見てもらえないんですよね。やっぱり人間って牛みたいに「まだら」だと思っていて。白い部分もあれば、黒い部分もある。そこが混ざり合わずに、共存しているのが人間だと思うんです。「一色でしか見てもらえないんだな」っていうのは、すごく感じました。
社会にインパクトを与えるため白羽の矢が立った「義足プロジェクト」

福田 そして、2018年には第二章宣言。「義足プロジェクト」がスタートしましたね。2022年には義足で新国立競技場で117メートル歩かれました。「歩く」と「テクノロジー」を組み合わせたチャレンジでしたね。
乙武 これは面白かった。いわゆる義足って、片足だけが無い人、もしくは両足が無くても、膝がある人じゃないと義足を履いても歩けないと言われていたんです。それほど、人間の膝が果たしている役割って大きいらしいんですよ。
ソニーが、人間の膝の代わりを果たすモーターを開発して、そのモーターを組み込んだ義足ならば両膝とも無い人でも、歩ける可能性が出てきた。普通だったらそれを学会に発表して、少し話題になって終わるんですけど、この開発者の遠藤謙さんっていう義足エンジニアの方が、もっと社会にインパクトを与えようと…。
福田 社会直訴しようと。
乙武 「日本には乙武さんがいるじゃないか。日本人のほぼ全員に両膝がないことを認知されている人が、この義足でスタスタ歩く姿を見せたら、未来に希望を持ってもらえるんじゃないか」って。それで僕に白羽の矢が立ったんです。
福田 すごいプロジェクトですよね。
乙武 さっきお話したスキャンダルで、暇だったんですよ。もし、それ以前にお話しいただいていたら「そこまでの時間は取れません」ってお断りしていたかも。
福田 一瞬での対応だったんですね。
乙武 人生巡り合わせですね。そこからプロジェクトが始まったのですが、僕の場合は「歩く」ことに“四重苦”を抱えていまして。まずは、手が無い。手は関係ないだろうと思われがちなのですが、やっぱり人間は腕を振って、自然とバランスを取っているらしいんです。
福田 バランスだ。
乙武 「腕を背中で後ろ手で組んで、そこから離さず真っすぐ歩いてください」って言われると、結構大変なんですよ。私は手でバランスを取れないというのが一点。二点目は歩いた経験がないこと。
福田 感覚値の問題。
乙武 中途障害で歩いた経験のある人は、足を補ってあげることで昔の感覚を取り戻すことができるんです。でも、僕の場合は生まれつき足が無くて、二足歩行していた時期がなかったので、その感覚が分からないんです。だから、脳みそで覚える。「右足を出すと、体にひねりが生まれて、左手が後ろに行って…」という風に。そうやって体にしみこませていくことが必要だったんですね。
もう一つは、僕は体がLの字に曲がっているんですね。例えば、福田さんがこの対談終わったら立ち上がりますよね。立ったり座ったりを繰り返していると思うんですけど、僕は眠っている7時間以外、17時間ずっと座った体勢なので、体がLの形に凝り固まっているんですよ。
福田 なるほど。
大事なことは優遇でなく、措置。スタートラインをそろえること
乙武 いざ二足歩行しようと思って、体をLの字からIの字にしようとしても、一瞬はなるんですが、だんだんと前のめりになってしまう。でも、理学療法士の方が途中からプロジェクトに加わってくれて、だいぶ歩けるようになりました。最終的には117メートル。
福田 世界中でこの開発に弾みが付きますね。
乙武 そうですね。遠藤さんの言葉でなるほどと思ったのは、「我々は今、義足界のフェラーリを作っている」とおっしゃっていた。どういう意味なのか聞いたら「すぐにこれが実用的になるかと言えば、それはまだ距離がある。でも、フェラーリはどれだけ早く走らせるかという技術が普及し、やがて一般の車にも採用されていった。今、この義足は誰でも買える価格ではないが、この義足を完成させて、乙武さんが使えるものにするという技術は、ゆくゆく次の世代につながっていく」って。なるほどなって思いました。
福田 最高品質のものを金持ちたちが使わないと、一般化しませんからね。それが8年前。乙武さんの半生は人の10倍、100倍ぐらいのことが詰まっていて驚きの連続ですが、そこから今度は政治の世界へ?
乙武 はい。
福田 参院選と衆院選補選への出馬、都民ファーストの会の顧問もやられていて、政治で変えていきたいと思ったその衝動は何なんでしょう?
乙武 やっぱり、境遇によっての有利、不利を極力なくしたいっていうことですね。もちろん僕は社会主義者じゃないので、みんなが平等になるべきだとは思っていません。やっぱり競争というのはあってしかるべきです。
でも、競争するときに大事なことは、スタートラインがそろっていること。スタートラインであまりに有利、不利が大きい中で「競争が大事」って言ってしまうと、それは最初から差が出てくると思うんですね。
福田 全体の構造を改善しようと? それは政治の仕事ですね。
乙武 「なぜ障害者ばかりが優遇されるんだ」と批判されることがあるんです。優遇っていうのは、あくまでも全員のスタートラインがそろっている中で、一部の人にだけ下駄を履かせることで、やってはいけないと思うんですよ。でも、僕がやるべきだと思っていることは、元々スタートラインがマイナスの人に下駄を履かせて、スタートラインをそろえること。これは優遇じゃなくて措置だと思うんですよね。僕は、措置は大事なことだと思っているんです。
【福田淳の対談闊歩】乙武洋匡(第3回)生まれた瞬間が人生最大の困難だった 今は唯一無二のこの上ない人生になっている に続く。5日18時公開予定。

《プロフィール》
乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)1976年生まれ。東京都出身。作家、タレント、政治活動家、YouTuber。政治団体「ファーストの会」副代表。2000年早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に出版した「五体不満足」(講談社)がベストセラーに。大学卒業後はスポーツライターとして活躍。東京都杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年に東京都教育委員に就任。2022年参議院議員選挙、2024年衆議院議員補欠選挙に立候補するがいずれも落選。教員時代の経験をもとに執筆した初の小説「だいじょうぶ3組」(講談社)は映画化され、自身も出演。






