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宮古の先史時代解明に手掛かり─友利元島遺跡調査

 






2013/01/17 09時05分配信 - 文化・芸能 -

 宮古島市教育委員会は、 昨年11月から城辺友利インギャー海岸近くにある友利元島遺跡で発掘調査を行っていたが、 これまでに無土器時代のものと思われる人骨や完全な形で 「カムィ焼き」 =下写真右=の壺、 シャコガイ製の貝斧=同左=10数点などを発掘し、 作業を終了した。 無土器時代の人骨ならば宮古では初めて。 宮古の先代史解明の手掛かりになるとして、 関係者は専門機関での年代測定結果の朗報を待つ。
続き
 今回の発掘でグスク時代 (12~16世紀) の層から埋葬された状態の人骨一体を発見したが、 さらに発掘を進めたところ下層からも人骨一体を発見した。 発掘調査の指揮を取る市教委文化財担当の久貝弥嗣さんは 「発掘地層の年代推測を慎重に行っているが、 グスク時代より前となれば大変貴重な発見となる。 宮古の先史時代とグスク時代の間の空白時期を探るきっかけにもなる」 と、 今回の発掘の重要さを説明している。
 また、 11世紀から14世紀にかけて鹿児島県奄美群島徳之島で作られていた 「カムィ焼き」 (高さ約11㌢、 幅約15㌢) が、 完全な形で発掘されたことについては 「カムイ焼きの破片等は別の数か所の発掘現場でも出ているが、 完全な形でのものは県内でも数点しかなく宮古では初めてではないかと思う。 当時の人々がカムィ焼きの容器 (ツボ) を使っていたということであり、 海を隔てて遠い島で焼かれたものを島に運ぶ商人がいたということの証明でもある」 としている。
 現場では10日までの発掘で10点の貝斧、 イノシシの骨、 人骨が出ている。 人骨は胸に手を合わせた状態で、 埋葬したと思われる胸部がほぼ完全な形で出土している。 さらに発掘を進めると下層より貝斧のほか、 新たに人骨が発見された。 人骨が発見された現場 (地層) はグスク層より下層だが、 久貝さんは 「地層と年代確認は発掘物を検証しながら慎重にしなければならない」 と、 言葉を選びながらも 「年代に幅はあるが無土器時代 (2900年~1900年前) の人骨だと思う」 と話す。
 久貝さんによると 「これまでにもグスク層からの人骨の発見はあるが、 ここから下の層での人骨は出ていない。 大変貴重な出土物に違いないが、 年代推測にはまだ慎重な発掘調査が必要」 としている。
 その理由として、 久貝さんは 「海岸に隣接していて海抜4㍍前後の砂丘地。 地層の判断を自然堆積物か気象変化 (津波や大型台風) によるものか、 慎重にならざるを得ない」 と説明。 明和の津波 (1771年4月) の痕跡は確認しているが、 人骨等はこの下の層から出土している。
 今回の発掘調査での出土物について、 宮古の遺跡発掘に多く携わり、 遺跡に詳しい宮古郷土史研究会の下地和宏さんは 「まだ慎重な確認が必要だが、 発掘をする者にとっては身震いするような貴重な出土物が多い。 ここで人工製品 (サメの歯を加工したものなど) が出れば宮古の先史時代とグスク時代の間の残されている約1000年の空白時代の解明につながる手掛かりになる。 その可能性がある大変貴重な遺跡・区域だ。 小さな範囲 (1つの区域) のなかで複数の層 (年代が違う) からの出土物は大変貴重もの。 これまでの遺跡の発掘と言えば北海岸など北側が中心。 今回は島の南側での貴重な発見で、 宮古の古代史の解明の手掛かりになる」 と、 この遺跡の重要性を強調する。

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ファイル 7319-1.jpg
無土器時代のもと思われる人骨の発掘作業=友利元島

ファイル 7319-2.jpg
=下写真右=

ファイル 7319-3.jpg
=同左=

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