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砂川さんの「ぼーぎーや」島食材料理が評判

 






2019/08/15 09時01分配信 - 産業・経済 -

 島の食材を使った週替わりのコース料理が評判の平良字西里にあるフランス料理レストラン「ぼーぎーや(Vo―gi―ya)」は、スイスのミシュラン1つ星レストランで副料理長を務めた経験を持つシェフの砂川徳正さん(52)=市城辺出身=が地元に戻って開いたお店だ。
続き
 砂川さんがスイスに渡ったのは27年前、砂川さんが25歳の頃。それ以前は東京の小さなフレンチレストランで働いていたが、本場のフランスを実際に自分の目で見てみたくなり、フランスに旅行するために仕事を辞めたいという希望を当時の上司に伝えたところ、「いっそヨーロッパで働いてみてはどうか」とスイスにある鉄板焼き屋を紹介されたのがきっかけだった。
 その店で2年半働いた後、同僚の紹介でスイスのレストランに転職。その後もスイスで6店舗を経験した。最終的に1つ星レストランで働き、そこで腕を認められ副料理長を任された。
 スイスでは有名レストランで働くとその証明書が授与されるという。「ビザの申請の時、その証明書を見せると係の人の態度が豹変するほど、1つ星レストランの証明書の効果は絶大だった」と語った。
 砂川さんが一番苦労したのは言葉だった。スイスは日本の九州ほどの大きさだが、5カ国と国境を接している内陸国で、その公用語は4カ国語。砂川さんの住んでいた地域で話されている言語はドイツ語だった。それもスイス訛りのドイツ語で、「こんにちは」という挨拶ひとつ取っても本国で話されている標準ドイツ語とも違う。
 スイスと日本の違いは多くの若者が組織の重要なポジションに登用されていることだという。「みんな若くてバイタリティに溢れていた」と当時を振り返った。
 18歳の頃に初めて宮古島を出た砂川さん。集団就職で上京し、牛丼屋チェーンの「松屋」で1年半働いた。当時は寿司職人に憧れていたが、人の縁でフレンチレストランで働くことになり、そこからスイスに渡り、合計13年間スイスで働いた。「宮古の若者は一度は外に出てみてほしい。それから戻って宮古のために学んできた経験を役立ててほしい。私はもう若くはないが、再びヨーロッパに行って仕事したいと思っている」と語った。

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「ぼーぎーや」のシェフの砂川さん

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店内にはスイス時代の写真が飾られている

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