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祖父・母の被爆体験継承

 






2019/06/13 09時03分配信 - 教育 -

 市立西城中学校(比嘉豊樹校長・生徒数47人)で慰霊の日が迫った12日、被爆体験の継承に全力を尽くしている、平田周さんを講師に迎えての「平和学習会」が同校ランチルームで開かれた。
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 平田さんは1958年、長崎市出身。原爆俳人として名高い松尾あつゆきの長女で、原爆語り部として活動していたみち子さんの長男。長崎大学卒業後は長崎県西彼杵郡長与町内で小中学生を対象にした学習塾を経営する傍ら、祖父や母の被爆体験継承のため、各地で講演会を開いたり、本を出版したりしている。
 同学習会は被爆体験者家族から実際に話を聞くことで沖縄線だけではなく視野を広げて戦争と平和について考えさらにお互いに話し合うことで、平和の願いを受け継いでいこうと開いた。
 講話では、原爆が投下される前から、終戦まで記された祖父の日記の内容が紹介され、穏やかに過ごしていた一家がたった一発の原爆によって、幼い我が子や妻が死んで行くつらさが俳句によって表現され、長女以外の家族を失って数日後に終戦となったとき、祖父は「子どもたちはなんで死んだ。犬死ではないか。なぜ原爆が落ちる前に子往復しなかった」と怒りを日記に書きこんだという。
 また祖父も母みち子も戦後ずっと原爆症に苦しめられ、祖父は原爆俳人として、母は語り部として原爆の恐ろしさを亡くなるまで、修学旅行で訪れた生徒に伝えていたという。
 講話のあと、質疑応答があり、生徒から「原爆を話すのはつらくないか」などの質問があり「話す度にこみ上げるものがあるが伝えることでみんなが自分のこととして考えてくれたらと思って活動している」と話していた。

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講師の平田さんに原爆について質問する生徒=西城中

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