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宮古産いも「宮農7号」砂川徹夫さん畑で発見、認定

 






2018/07/27 09時05分配信 - 産業・経済 -

 1960年代前半まで宮古島で主食となっていたものの栽培されなくなり、 島内で現存していないとされていた甘藷 (芋) 「宮農7号」 が城辺比嘉の畑で見つかり、 関係者が認定したことが、 このほど分かった。 イモを見つけた比嘉在住で沖縄国際大学名誉教授の砂川徹夫さん (67) は、 戦後間もないころの食糧難を支えたイモの復活、 栽培普及に意欲を見せるとともに、 希望者への芋づる配布と、 試食会を企画している。 日程については後日、 決定する。
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 砂川さんは、 昨年10月ごろから郷里の比嘉で父親が野菜や芋を栽培していた畑で家庭菜園をはじめた際、 見たことのない芋が芽吹いているのを確認し、 栽培を始めたものの品種名が判明しなかったという。
 今年5月、 県宮古農林水産振興センター農業改良普及課が 「宮農7号」 を開発した垣花実記氏の次男の垣花郁夫さん (85) =名護市=を紹介したことをきっかけに、 昨年10月に八重山の竹富町黒島でこの芋と思われる在来種を発見 (本紙3月16日付掲載) した農研機構沖縄九州農業研究センター・糸満駐在上級研究員の岡田吉弘さん、 「沖縄いもづるの会」 の関係者と連絡がとれた。
 砂川さんによると、 6月と7月に沖縄本島で郁夫さん、 いもづる会の伊波勝夫会長と桐原成元前会長、 岡田さんら関係者が試食、 意見交換を行った。 その結果、 郁夫さん、 弟の鷹志さんの記憶で芋の色や味、 食感に基づく感覚的なものや、 栽培地が宮古島ということを踏まえ、 「宮農7号」 と認定すると評価した。
  「宮農7号」 は1947年、 宮古民政府産業試験場長の垣花実記氏らが選抜し、 52年から普及を始めた。 葉の先 (頂葉) が紅色でツルが細く、 肉質は淡い黄色。 早生で深めに結実することから土壌害虫にも強く、 収量も多いのが特徴だったが63年以降はウイルス病のまん延で減少した。
 砂川さんは、 「昨年11月に植え付けしたが、 無農薬の栽培で1つの苗から9㌔を収穫することができた。 今では見ることができないという宮農7号を復活させたい。 多くの皆さんに芋づるを分けたい」 と意欲を見せている。 希望者を募った上で芋づる配布と試食会の日程を決める予定という。 詳しくは砂川徹夫さん (090・5290・0204) まで。

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収穫した 「宮農7号」 を手にする砂川徹夫さん=城辺比嘉の畑で

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認定された 「宮農7号」 紫の頂葉が見られる芋づる

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収穫された芋

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